小説

『クリスマスの聖霊たち』和木弘(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)

 「おっちゃん」
 突然の子供の声に驚いて振り向くと、そこには一〇才位の少年がいた。
 「わいが過去の聖霊や。よろしゅうな」
 「どうも、こちらこそ」
 この少年が聖霊なのか? 俺は少し戸惑った。
 「何や、不景気な顔して。まぁ、ええわ」
 少年の聖霊はそう言うと、軽く手を振った。すると、暗闇の一隅がボンヤリと明るくなった。
 そこに映し出されたのは小学校の教室だった。女の先生が教壇に立っている。俺が小学三年生の時の担任の先生だ。
 それは社会科の地理の授業風景だった。並んで座っている生徒たちの中に俺の姿がある。小学三年生の俺は、先生に当てられないように下を向いて背中を丸めている。
 「いやー、キツそうな先生やな。そうやって縮こまって下向いてる奴に限って当てられるんや」
 少年の聖霊が面白がっているように言う。
 俺の脳裏に、今もトラウマになっている忌まわしい記憶が甦ってきた。
 案の定、先生が名前を呼んだのは俺だった。小学生の俺が顔をこわばらせながら立ち上がる。
 先生が天井から下げられた日本の白地図の一つの県を指示棒で示しながら言う。
 「ここは何県ですか? 答えて」
 社会科が苦手な俺には全く分からない。し方なく当てずっぽうに思いついた県名を答える。
 先生が一瞬怒りの表情を浮かべてから、呆れたように言う。
 「さっき教えたばかりなのに何も聞いてないのね。いったい何のために学校に来てるの? テレビの怪獣にばかり夢中になってるからわからないんだよ」
 次の瞬間、教室が生徒たちの笑い声で溢れかえった。
 小学生の俺は、恥ずかしさと口惜しさで下を向いたままどうすることもできずにいる。
 皆の前で恥ずかしい思いをさせられた上に、大好きなものまで否定された俺は、悲しく惨めな気持ちでいっぱいになったのだった。
 今こうして、幼い自分の姿を目の当たりにして、胸がかきむしられるような思いがする。
 「どや、気分は?」
 少年の聖霊が聞いてきた。
 「酷いじゃないか! 何だって人の気持ちをいたぶるようなマネをするんだ?」
 俺は感情が高ぶり思わず声を荒げてしまった。
 「まぁまぁ、いい大人なんだから落ち着いてや。ゆっくり深呼吸してみぃ」
 少年の聖霊はまったく動じることもなく落ち着き払っている。
「いいから、深呼吸してみ」
 仕方なく俺は深呼吸をしてみた。
 

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