そうして、すべての用意を終えると、ウサギはタヌキの住処へと赴いた。ウサギがやって来た時、ちょうど、タヌキは家族と別れる時であった。幼い二つ子と年若き妻、そして年老いた母と別れるところであったという。ウサギはその様を横目に見ながら、タヌキに老翁の家へ行き、化けておくように頼んだ。善なるタヌキは切なく泣く幼子を、一、二度愛でると、ゆるやかに微笑み、その永遠の別離を告げたのである。
タヌキは老翁の家に着くなり、ウサギの言うように老媼の姿へと化け、おじいさんの戻って来るのを待った。内心はただ葛藤の極みであったという。ほんとうにおじいさんのことを思うならば、このように騙すことなく、真実を告げるべきではないかと、いまだ反問し続けていたのである。
一方のウサギは、山の中でおじいさんに会っていた。無論、タヌキがおばあさんを撲殺したという嘘を教えるためである。すでに書いたように、ウサギは小心者であった。ゆえに真に実直なるタヌキのことも信じられなかったのである。生かしておいては、いつか真実がおじいさんへと伝わってしまうかもしれない。そう思ったからこそ、ウサギはすべてをタヌキのせいにして、この事件を曲がりなりにも解決してしまおうと決意したのである。
ウサギの言葉を聞き、おじいさんは、すぐさま我が家で愛妻に化けているタヌキを殺そうと立ち上がった。それをウサギは諌め、ただ殺すのではなく、もっとじっくりと恨みを返すべきだというようなことをのたまった。おじいさんはしぶしぶそれを了承し、そして読者諸氏のよく知るあの悪逆なるタヌキいじめが敢行されたのである。
すでにこのくだりは巷間に広く流布している故、詳しくは述べぬ。だが、背中を焼かれ、そのただれた傷口に芥子を塗り込まれ、あまつさえ、泥舟に乗せられ、愛する家族と再会することもできず、湖底へと沈んでいったタヌキの無念は如何ばかりだったろうか。それを思うと、私は夜も眠れない。
そうして、邪悪なる白い獣、ウサギによるタヌキ殺人事件は幕を閉じた。
一般にはこれで終わっている。これだけ見れば、やはり哀れはタヌキであって、許されざる敵はウサギであり、おじいさんも騙されたと情状酌量の余地もある。だが、事実はどうももっと残虐であったようである。