小説

『観音になったチューすけの話』入江巽(狂言『仏師』)

 出口で仲間のヨッさん待っていてくれ、俺にスケボーを投げてよこした。ヒロキはヨッさんの自転車の荷台飛び乗り、チューすけ! 行ったれー! 言い、俺はスケボーを蹴った。このために久しぶりに練習したんや走れスケボー観音や思い、ザリザリとスピードを上げ、七条通りを西へ駆けていく。やや勾配のついた道が俺のスケボーとヒロキの乗るヨッさん運転の自転車のスピードを加速させ、追っ手の丸坊主たちと間が開いていく。隠すための覆いもう捨て、むきだしのビデオカメラ右手に持ち、荷台から落っこちそうになりながら、ヒロキはカメラをまわし続けた。道の人みんな、なんやあれ、観音さんがスケボー乗ったはるわ、言うているのがすれ違いざまに聞こえ、心からの爽快感を覚え、俺は「拝ましやれい! 拝ましやれい! 」喉がカラカラになってくるのもかまわず叫びながら、七条通りの車道をスケボーで疾走した。
 もうすこしで鴨川が見えるかというとき、パトカーの音が聞こえてきた。観音の疾走、止めれるもんなら止めてみいと俺はさらに地面を蹴った。「そこの観音、止まりなさい! 」「そこの観音、止まりなさい! 」繰り返されるパトカーの声、俺の耳にはもう、ヒロキが教えてくれた狂言「仏師」の最後ですべてばれたサギ師が追われる台詞、「やるまいぞ! やるまいぞ! 」に聞こえ、もう声が出なくなったってかまへんわい、「拝ましやれい! 拝ましやれい! 」吠えた。
 あっあかん、思うたとき、七条通りから川端通りに出る交差点で止まっていたパトカーの側面、俺はすごいスピードでぶつかって宙を舞っとった。ヒロキとヨッさんも突っ込んできて、俺たちはスクラップみたいになった。
 ごっつ痛いのにもうそんなこと全部どうでもよく、血まみれで俺とヒロキとヨッさんは、あっはっは、あっはっは、やった! やったでえ! 止まった世界が動いたでえ! 口々に喜んだ。
 俺とヒロキとヨッさん三人、最高の気分のまま、ポリに捕まった。観音が逮捕されるとこ、みんなはじめて見たやろナア。おもしろうてやがてかなしきはケチな根性、おもしろうておもしろいまま、笑い留めにてさようなら。あっはっは。

 

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