小説

『観音になったチューすけの話』入江巽(狂言『仏師』)

 それから俺たちは半年間、「仏師作戦」と名付けた計画のため、何人かの仲間の協力や助言をもらいながら、ひたすらに準備のし続けやった。三十三間堂にも三十回以上は通い、忍び込むための予行練習も、何度も夜中行った。クリアしなくてはならない課題がたくさんあった。ヒロキは貯金を五十万ポンとおろし、隠し撮りに適したカメラはじめ、さまざまなものを買い込んできた。「仏師作戦」というのはヒロキの発案でつけた作戦名、由来は狂言の演目「仏師」というものらしく、アホな田舎者が仏像を買おうと都に出てきて、仏師やと名乗るサギ師にだまされ、できた言うて見せられる仏像、これ実は詐欺師がポーズしとるだけやったというお笑いで、ぴったりやナと俺も賛成、こういう名前になった。俺はその狂言を見たことはなかったがヒロキはなんかで見たことあるらしく、その狂言の台詞と節回しをいろいろと教えてくれた。ふたりで衣装などつくる夜中、「して、仏のでけあいが御ざるか」とヒロキが俺に振ると、「まずこのよーにおじゃる! 」と観音の印形を結ぶという掛け合いが俺たちの定番になったりした。苦労してFRP素材を盛っては削り、削っては盛る台座の出来が気にいらんとどちらからともなく「なおいてくだされー」「なおいてくだされー」言い合うのだった。悪ノリはどこまでもアイディアを呼び、もうこの狂言んなかにある台詞から気に入ったの叫びながら京都の街を疾走しようとか、そういやお前むかしスケボーけっこうまじでやっとったんやろ、逃げるときスケボー使ったらどうや、など語り合っては楽しくてたまらず、笑い転げる日々。
 三十三間堂、横に長大な構造、一二五メートルくらいある。この長さ、腕自慢のサムライたちにやったろやないかという気起こさせたようで、庭で弓を射る競い合いが盛んやったという因縁から、いまでも弓道の競技会が開かれる場としても有名、そのうち一番名が知られているのは大的大会や、とヒロキ言う。これは毎年成人の日に行われていて、この日は拝観料もタダ、成人する若い女の子たちが晴れ着で弓を射ったりするらしい。
 決行、大的大会のある一月十八日、成人の日と決まった。
 時間が止まった世界、今度は動かしたんねん。

 

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