小説

『観音になったチューすけの話』入江巽(狂言『仏師』)

 ここまで聞いて、ヒロキの頭のなかにあるもん触ったみたいに、なんでこの話俺にしてくれたんかがわかった。握手しよ。握り返すはヒロキの手、ジョッキを鷲掴みにしておったので冷たい。
「そのドイツのおもろい奴、俺のスタチュ活動の同志ちゃうんかと、お前は言いたいんやろ」
「ま、そういうことや。そいでな、チューすけ、お前も千手観音ならへんか」
「ほへ、どういうことや」
 ドイツにおもろい奴おることわかり俺は上機嫌、ヒロキはやっぱり物知りや思うていたら、千手観音になれ言われた。が、アホの俺、酔っぱらっとったせいもあり、なんやそれおもろそうやないけ、はずみがついてノリノリやった。
「ええか。俺、このドイツ人の話に触発されてな、ある映像が頭に浮かんだんや。それはお前が、三十三間堂の千手観音の一体に化ける、いうイメージや。三十三間堂、お前は知らんやろからこれも説明したるが、千手観音の仏像が千体、並べられとる。そういうとこが七条にあるんや。正確には一千ともうあと二体あるんやけど、それはまあええ。壮観やで。いっぺん連れてったる。兵馬俑のテラコッタにさっき言うたパブロがなんでまぎれることができたか。単純なことや。たくさんあるもののひとつになったからや。パブロがやったアイディア借りて、三十三間堂、そしてお前スタチュのチューすけ、この二つに応用する。お前を千手観音の群れんなかに千手観音としてもぐりこます。うまくいくかはわからんが、観光客がだまされる。ゆっくりお前は動き出す。ワ―とかキャーとかみんな言う。捕まるまで走って逃げる。俺はそういう映像が撮りたい。これは俺の美術作品や」
 俺はヒロキをかなりいいともだちと勝手に思うているので、それなんの意味があるんやとか、二番煎じにならへんのかみたいなつまらんことは言わん。なんか考えがあるんやろと信頼しているのとも違う。別に考えなどなくてもかまわん。それに実際おもしろそう。ええよヒロキお前がやりたいことやらしてやろうやないけ、俺はそう言い、でも、と続け、
「逮捕、されるやろナ」
「うんそれはもう絶対」
 かめへんわい、俺たちは笑った。

 

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