小説

『凸凹仲間の新たな挑戦』春日あかね(『ブレーメンの町楽隊』)

 そして、呂端(ろばた)は繁座(はんざ)行きの電車に乗り込んだ。電車は、それほど混んではいなかった。

「ジリジリジリジリ〜ッ!」

 電車の扉が閉まりかけたとき、誰かが慌てて閉まりかけた電車の扉を思いっきり両手で開け、転がるように 乗り込んで来た。無事電車に乗り込んだのだが、ゼーゼーと息を切らせていたが、ふと目の前に座っている中年の男性を見るや否や、
「あれ〜っ! 」と言うのがやっとだったが、ほんの一瞬、つばを飲み、自分自身を落ち着かせ、次のように尋ねた。
「呂端(ろばた)さんではないですか!どうしてここに?」
「あれ〜、犬川くん、君こそどうしてここに?お出かけですか?」
「いえ、私は本日付けで会社を退職しました。呂端(ろばた)さんもですよね?」
「ああ、私は2週間前に辞めたよ。もう世代交代だよ、犬川くん。ちょうどいいタイミングだったかもしれない」
「そうですね。私も営業員として頑張ってきましたが、このところ業績が悪く、もう限界を感じておりました」
 犬川はうつむき、頭を抱えた。
 そんな犬川を見て、呂端(ろばた)は口を開いた。
「いい考えがあるんだ」
 犬川は、顔を上げ、呂端(ろばた)の方を見た。
「私はこれから繁座(はんざ)に行って、音楽やって一発当てようと思っているんだ。どうだい、きみも一緒にどうかな?どうせこれからやることなんてないんだろ?」
「確かに・・・。私にはやることなんてありません。ずっと独り身だし、この電車に乗ったのだって、特にどこへ行くってわけでもなくて、繁座(はんざ)は大きな都市だから、あそこへ行けば、仕事が得られると思ったからです」
「きみは、確か、会社の吹奏楽部に入ってたよな?ということは、きみは楽器ができるわけだ」
「はい・・・、でも、呂端(ろばた)さんは何か楽器はできるんですか?」
「こう見えても、学生の頃は、友達と二人で路上ライブさ。アコギ(アコースティックギター)とハーモニカでさ。」
「はぁ、それは頼もしいですね」
 犬川は、繁座(はんざ)に行って、音楽をして一発当てるというのは、いい考えだと思い、一緒に行くことに決めた。

 そうこうしているうちに、電車は次の駅に到着した。駅のホームには、ある中年男性が、背中を丸めてベンチに腰をかけていた。その姿には何か寂しげな憂鬱なものが感じられた。
「あの男性もリストラにあったのでしょうか」犬川がポツリとささやいた。
「うん、そうかもしれん」と、呂端(ろばた)はうなずいて言った。
 電車の扉が閉まるベルが鳴り響いた。
 ジリジリジリジリ〜ッ!
 と、次の瞬間、その中年男性がまるでネコが獲物を捕まえるかのように、ジャンプして、電車に乗り込んだのだ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9