小説

『凸凹仲間の新たな挑戦』春日あかね(『ブレーメンの町楽隊』)

「あ〜!」
 呂端(ろばた)と犬川は、その機敏な行動に呆気にとられて口を開けた。
 そして、その男性は何事もなかったかのように、犬川の隣にドスンと腰を下ろした。しかし、今にも泣きそうで憂鬱な表情はそのままであった。
 しかし、この男、こんな憂鬱な顔をして、いったい何だってこの電車に乗ったんだろ?繁座(はんざ)まで行くのだろうか?呂端(ろばた)も犬川も声にすらしないが、心の中で思ったことは同じだった。
「あのぉ・・・」
 勇気を振り絞って声をかけたのは、犬川だった。
「はい?」
「何かぁ、困ったことでもありましたか?」
「はぁ・・・」男性は、ふ〜ぅっとため息をつき、がくんと首を折るようにして頭を垂れた。そして、少し頭を上げ、
「私はもう年です。今さら、私を雇ってくれるような会社などありません。若い頃のように、体が身軽に動きません。遠くの方まで車で営業にいこうと思っても、その気力がないのです。それに加えて、この不景気じゃ、何ともなりません。会社側もそれが分かっているから、もう私なんかお払い箱ですよ。妻や子供にも逃げられてしまうし、この先、一人で気楽にやっていこうと思いつつも、いざ、一人となると、何をしてよいのか・・・」
「それなら、繁座(はんざ)に一緒に行きましょう!」

「繁座(はんざ)?確かに、この電車は繁座(はんざ)へ行きますが、繁座(はんざ)に行って何をしたら良いのでしょう?私なんかに出来ることってあるのでしょうか?」
「はい、ありますよ。えっと、営業マンであったようですが、カラオケの方はどうですか?」
「カラオケ?もちろん、接待では、よくカラオケに行きましたから、その腕は誰にも負けませんよ」
「はい、決まった!ところで、お名前は?」
「私、猫柳(ねこやなぎ)と申します」
「はあ、猫柳(ねこやなぎ)さんですか。こちらは、犬川くんで、私は呂端(ろばた)と申します。我々は、隣町のジブラの社員でした。この度、早期退職で二人とも退職し、これから新たな人生の第一歩を踏むというところです」
「なるほど・・・ジブラさんですか。私は、ライバル会社のホース自動車です。もう自動車産業は、全ておしまいですよ。何か新しいことを考えないと」
「そうです!ですから、我々は、繁座(はんざ)へ行って、楽しい音楽やって、一発当てて、残りの人生を有意義にすごそうではないですか!」
「確かに・・・、それもいいかも・・・。何だか元気が出てきましたよ」
こうして3人の楽しい繁座(はんざ)行きの旅が始まった。

 しかし、繁座(はんざ)までは何千キロもあった。そこで、3人は途中の駅で下車し、一晩過ごすことにした。

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