小説

『あしながおじさん』香田希子(『あしながおじさん』ウェブスター)

 七月六日

 丸一日、ジニーの問題をどうするか考えていたが、方法はやはり一択のようだ。ジニーと結婚するという選択肢はあり得ない。ジュディ・アボットに女性関係を暴露するということも絶対にしてはならない。
 ジニーをどうにかするしかない。
 手紙の様子からすると、説得はもはや不可能だろう。彼は本棚の隠し扉を開け、ずらりと並んだピストルやナイフを眺めた。少し考えた後、凶器ではなく隅に置いてある茶色の小瓶を取り出した。重要なときにこの小瓶が裏切ったことは今までに一度もない。ジニーにはこれがふさわしいだろう。

 八月二十六日

 天気はどんよりした曇り空だった。今のジャーヴィスの心中のようだ。今にも大粒の雨が降り出しそうだった。どす黒い色の不吉な雲が空一面に渦巻き、物凄い速さで流れていく。風に煽られて、大量の赤い花びらが舞い上がり、雲の中に吸い込まれていった。
 「私と結婚して下さいませんか?」
 ジャーヴィスは片膝を付き、真紅の薔薇の花束をジュディに差し出した。彼は始め満面の微笑みを浮かべていたが、一度もこちらを見ようとはせず何も答えないジュディを見て、笑みは凍り付いてしまった。
 どうやってジュディと別れ、自分の屋敷まで帰って来たのか、全く分からなかった。あれは夢だったのだろうか。だが、萎びた薔薇の花束が未だに自分の手に握りしめられていることが、先程の出来事が現実であることを示していた。
 彼はなんとか自室まで歩き、椅子に座り深呼吸をした。
 やはり時期尚早だったか。しかし、ジュディを傍に置いておきたいという欲望がこれ以上ないほど高まっていたのだ。うかうかしているとジミーに先にプロポーズされるのではないかという焦りもあった。
 大丈夫だ。まだ奥の手がある。
 今はまだ結婚する気はないかもしれないが、ジャーヴィスがあしながおじさんだったと知ったらどうだろう。今まで大学生活を援助し、あらゆることで彼女に安定と幸福を与えてきたあしながおじさんがこのジャーヴィス・ペンドルトンだったと知れば、彼女の気持ちはこちらに傾くのではないか。
 しかし、ジュディはジミー・マクブライトが好きだからプロポーズを断ったのではないか、という疑念がどうしても消えなかった。だとすれば、ジャーヴィスがあしながおじさんだと告白したところで何の意味もない。
 ジミー・マクブライトをなんとかしなければならない。彼は決意した。

 八月二十七日

 ジャーヴィス・ペンドルトンはチャールズ・ベントンと連絡を取った。彼もまたジョン・グリア孤児院で育った少年であり、ジャーヴィスの援助で大学を卒業している。その後は、表向きは弁護士として活躍しているが、裏では孤児院のリペット院長が聞いたら卒倒しそうなことをしている。当然、ジャーヴィスがそのようなことをするように仕向けたのだが。
 ジャーヴィスは今日、チャールズに簡単な用事を言い付けた。ある人物が親しくしている友人を一人調べて、その名前を彼に教えるだけでよいのだ。

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