小説

『あしながおじさん』香田希子(『あしながおじさん』ウェブスター)

 九月二十六日

 美しい植物の彫模様が入ったマホガニーのテーブルの上に、可愛らしいピンクの封筒が置かれている。ジャーヴィス・ペンドルトンはその封筒を手に取るとペーパーナイフで破り、中の手紙を読んだ。
 ジェルーシャ・アボットは、無事大学に到着して寮生活を開始したらしい。手紙を読んで彼は安堵した。顔に笑みが浮かぶ。
 今頃彼女はどうしているだろう。何しろ初めてジョン・グリア孤児院を出て、大学の寮に入ったのだ。緊張しているだろうし、不安もあるだろう。だが、両親や親戚がおらず、何の財産も持たない、孤児院で死ぬほど雑用ばかりさせられてきた彼女にしてみれば、無償で憧れの大学に行けるということに大きな喜びと期待を抱いているに違いない。これでいい。何もかもうまくいくだろう。
 それにしても―「あしながおじさん」か。
 ジェルーシャ・アボットには、大学生活の資金を援助しているジャーヴィスに対して、秘書を通して定期的に手紙を送るよう指示してあるが、それがどこの誰であるかは一切知らせていない。彼女が初めて寄越したこの手紙には、名前も顔も知らない彼に「あしながおじさん」という渾名を付けたと記されていた。孤児院で彼の後ろ姿を見かけたが、背が高いということしか分からなかったために、そのような名前にしたということだ。おじさんという年でもないのだが、ジャーヴィスはその名前を何故か気に入った。

十月五日

 ジェルーシャ・アボットから二通目の手紙が来た。手紙には主に彼女の大学生活について語られているが、ジャーヴィス・ペンドルトンは、そこに書かれた「おじさんが大好き」という文字を何度も読み返している。

十月二十日

 ジュディ・アボット(ジェルーシャから改名したという連絡があった)は寮の同じ階に住んでいるサリー・マクブライトとジュリア・ラトリッジ・ペンドルトンという知り合いができたらしい。彼女はサリーのことを気に入っており、ジュリアのことはよく思っていない。
 ジャーヴィス・ペンドルトンは手紙を読みながらとりあえず満足した。

 一月七日

 ジュディ・アボットからお礼の手紙が届いた。ジャーヴィスがクリスマスに、金貨五枚をプレゼントしておいたためである。
 彼女はクリスマスプレゼントというものを殆ど貰ったことがないのだそうだ。あの子供達を食べさせていくのに精一杯の孤児院では無理もないだろう。金貨を手にしたときの彼女の喜びの表情が、彼にはありありと目に浮かぶようだった。
 女性にあげるプレゼントに大きな効果があるということを、ジャーヴィスは今までの経験から知っている。これまでにも彼は、プレゼントを贈ることで女性と交際をスタートさせることに何度となく成功してきた。孤児院育ちで贅沢知らずの娘であれば、尚更効果は絶大だろう。その証拠に、あしながおじさんに対して「いつだって一番好きなのはおじさん」だとか、「おじさんに愛を注ぐ」といったメッセージが書かれている。
 彼は大満足で、一人笑みを絶やすことができなかった。プレゼントを贈る作戦は今後も適度な間隔で続けていかなければならない。

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