小説

『背伸び、しない!』原豊子(『狐と葡萄』)

「ふーん、そっか……あ、そう言えばさ」
 もっと出版以外を、初めから見ておけばよかったのかもなあ。これからまた説明会行って、ES書いて業界研究してとか、正直きつい。
「今度の土曜、気分転換にデートしない?」
 土曜日は採用活動、企業もやってないでしょ。煮え切った頭に、すっかり標準語になってしまった克季の声がさっと染み渡った。
「いく! いくいく絶対いく! どうしたの休みとれたの?」
「俺も煮詰まってんの」
「は? 仕事に?」
「人生に」
「なんだそれ……いや、私もだ、よくわかる」
 就活って、今後の人生を決める大事な活動だ。それに煮詰まるってことは、人生に煮詰まってるのとおんなじだ。
「じゃ、どこ行きたいか決めといて。集合は何時でもいいから」
「了解」
 久しぶりのデートだ。どこへ行こう、何を着よう。うきうきと気持ちが舞い上がったところでふと、手元のESに目がいった。面接は明後日、デートは明々後日。
「……面接の受かり方、きこ」
 ここには間に合わないけれど、どちらにせよ今後面接は続く。
 ああ、予定ではこんなはずではなかった。大手に受かるとかそんな幻想を見るほどおめでたくはないが、小さな出版社につるーっと受かるものだと思っていたのだ。そして、四月は笑って「さあ遊ぶぞ克季!」と言っていたはずだった。今までの人生のように。

「ははは、君、面白い子だねえ」
「あ、ははは、ありがとうございます」
「うん、じゃあ面接は以上です。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
 ……やっちまった。就活マナー講座で教わった通りに、挨拶をしてから部屋をでる。また余計なことを、ぺらぺらと喋ってしまった。だって、面接で「うちの出版社は絵本が有名だけど、それ以外にもニッチな層も狙ってるんだ……もし君が妖怪の本だすとしたら、どうする?」なんて聞かれたら、誰だって混乱する。瞬時に浮かんできたのは、時間が丁度良かったからとった教養科目で、民俗学の先生が語っていた、山姥撃退法だった。この場で、山姥撃退法を話すか、あれ半ばネタだぞ、とそんな停止信号も出るには出たが、ほかに話すネタがなければそれで押し切るしかない。「はい、従来の図鑑のような形にはなってしまうと思うのですが、私だったら『もし妖怪に遭遇したら』の対処法コーナーを作ります」「ほう」「創作じゃなくて、妖怪の言い伝えがある村に行き、そこで古老を取材するんです。例えば、私の民俗学の教授はある山村に調査に行ったとき―……」山姥が山で追いかけてきたら、絶対に上に逃げてはならない。何故なら垂れた乳を肩に担ぎあげてすごい速さで走ってくるから。逆に、下に逃げれば担いだ乳が、足元に垂れ下がりそれに足を取られ転ぶので有効です……どんだけ長い乳やねん!

1 2 3 4 5 6 7 8