それを見かねた一人が、がらりと窓を開ければ、乙姫はなだれ込むようにして部屋へと入った。
「太郎様あああ、あんまりですわ。確かに月日はたちました…。だけれど私の顔をお忘れとはあああ」
あまりにも大げさに、それでいて本当に悲しそうに泣くものだから、あっという間に乙姫に人が集まる。対してこちらに送られるのは非難の視線ばかりだった。全くもって居心地が悪い。
「あれ、お兄ちゃんの彼女とか?」
何故か、妹だけがうれしそう、いや、楽しそうな顔をして、こちらと音姫を見比べている。あんなに泣いていたのに、なんて現金な娘だろうか。
「ちげえよ…あんなコスプレ女…っ!?」
言い終わった瞬間に、重いげんこつが降ってきた。涙目になりながら、拳の主を見上げれば、祖母が目を血走らせながら、立っていた。普段のヨボヨボさかは考えられない姿だ。
「ばあちゃん…!?」
「この罰当たりがっ」
一言吐き捨てて、祖母はずんずんと乙姫の元へ駆け寄ると、三つ指を付いて、深々と頭を下げた。
「ああ、乙姫様。うちの孫が申し訳ありません」
「孫…?ならば、あなたは太郎様のおばあさまですか、私は乙姫ともうします。でもおかしいですね、彼には確かお母様しかいないと伺っていましたが」
首を傾げる乙姫と、頭を下げ続ける祖母を、皆は一歩引いて、不思議そうに囲んでいる。自分だって関わりたくはなかったが、他に押し出され、その一歩を踏みしめた。
「なあ、ばあちゃん。この人いったい…」
「ええい、口を慎みなさい!」
優しい祖母がこんなに激昂したところなど見たことがないと、妹と二人で顔を見合わせていると、祖母は立ち上がり、きびきびとした動きで窓から外の倉へと向かう。皆が呆けてその様子を見守っていると、1分も立たないうちに細長い箱を持って戻ってきた。
「乙姫様。こちらでは少々騒がしいかと…奥に座敷がございます。ささ、どうぞ」
祖母に案内され、乙姫は奥の部屋へ消えていく。ぼうっとその様子を見ていると、戻ってきた祖母に首根っこを捕まれ、自分も部屋へと引きずり込まれた。
「なんなんっだよ、ばあちゃん!」
「なんだじゃありません。おまえは全く…」
祖母は箱から長く、太い巻物を出すと、ぱらりと机に広げた。なんだか見覚えがあるそれは、昔に祖母が見せてくれた我が家の家系図だった。
「コレを見なさい」
祖母が指さす、家系図の一番最初には、「浦島太郎」と記されてある。うちが代々太郎の名を受け継ぐ由縁。そうするように仕向けた人だ。
「コレが?」
「昔言って聞かせたでしょう。うちはかの有名な浦島太郎の血を引いていると」
「ああ、あの冗談」
幼い頃、祖母はよくその話をした。「浦島太郎は私たちのご先祖様、いつか乙姫様が訪ねにくるかもしれないね、そうしたら、めっぱいおもてなしをしてあげるんだ」と、子供の頃は信じていたが、今となっては眉唾以下の話だ。
「ええ、ああ、あの冗談」
「冗談ではないわ!全くこの罰当たり…せっかく乙姫様が遊びに来てくださったのにぃ…」