「足、どうしたんだ?」
彼女が訝しげに聞いてきたので、僕はおもむろにパンツを脱いだ。
「え? ちょっと」
「これ、見てよ」
現れたのは、僕の下半身である魚の胴体と尾びれ。僕の場合は緑がかっていて、光に照らすと七色に見える。自分で言うのもなんだが、貝殻みたいで結構綺麗な色だ。
「嘘、本当に人魚なのか」
「ほら、言ったでしょ。最初に会った時は人間になる途中だったからって、聞いてる?」
「いやいや、本当に魚なのかと思って。鱗の感じはそうだけど。へえ、これは作り物ではないね」
しげしげと鱗を見つめてくる彼女に、僕は思わず笑ってしまった。
「普通なら驚いて逃げるのに、君は人魚って分かっても逃げないんだね。それとも、もうどこかで人魚は見たことがあるの?」
僕の質問に、彼女は猛烈に首を振った。そして、
「人魚を見るのは初めてだよ。でも、驚いて逃げたらもったいないじゃないか。こんなに綺麗なのに」
あんまり大真面目に言うので、僕はおかしくて笑ってしまった。しばらくしてから、彼女も僕につられて笑った。
その笑顔を見ていると、なんだかすごく嬉しくなった。
それからは、彼女が岬に来るたびに僕は岸に上がった。最初は人間の薬を飲もうかと思ったけれど、それをしてしまうと翌日に眠ってしまうのでやめた。今は上半身は服を着て、下半身は人魚のままなのでブランケットをかけている。これなら他の人間に見られても大丈夫だろうという彼女の提案だった。それでもずっとは息苦しくなるので、そうなったら迷わず海に飛び込んで、しばらくして彼女の隣に戻ってくるという繰り返しをしている。
本当は、彼女の傍にずっといたいのだけれど。
「いつも思うけど、君は本当に絵を描くのが好きだよね。嫌にならないの?」
「そうだね。好きと同じくらい嫌いになる時もあるけれど、離れても、何か綺麗なものを見たり聞いたりすると、これが描きたいなと思ったら描いてしまうね。一種の病気だよ」
あっけらかんと彼女は答えつつ、絵筆を動かす手を決して止めはしない。ちょっとそれは面白くない。
「絵ばかり描いてないで、もっと話そうよ」
「私は君が傍にいるだけで楽しいけれどなあ」
そんな風に言ってもらえるのはすごく嬉しいけれど、そういうことじゃなくて。
ああ、もう。
「僕は、君の描く絵は好きだけど、君の方が好きだよ」
「ありがとう」
にっこりと幸せそうに彼女は笑った。それもすごく嬉しいけれど、なんだか僕は満たされていない。どうしてだろう。彼女が絵を描く姿を見るのはすごく好きで、見ているこっちまで幸せになってしまうぐらい。でも、ちょっと僕は絵に嫉妬している。
たぶん、彼女の中では絵を描くことが、何よりも優先順位が高い気がするのだ。