小説

『永遠回帰』北山初雪(『人魚姫』)

「そんなこと、できない」
 震えながらも、強い言葉で彼女は言った。
「どうして? すごく良い提案だと思うけど」
 せっかく彼女が喜んでくれると思ったのに。
「できない。君の肉を食べるなんて」
「大丈夫。目をつむって我慢すればいいだけだから」
 そこはどうしようもないけれど、それさえ耐えてくれれば一緒にいられる。
一緒にこの先、永遠に共にいられる。それがたまらなく魅力的で仕方がなかった。そうなれば彼女はどんな絵を描いてくれるだろう。そう思うだけでわくわくしてくる。人間の薬のことも、おじさんが開発してくれているからその手伝いをして、できるだけ長く人間の姿にいられるようにすれば、彼女の望む場所に連れて行ってあげられる。
もっとずっと、彼女と一緒にいられるようになるんだ。
 考えるだけで幸せだった。 
 今まで漠然と未来を考えていたけれど、それはきっととても素晴らしいものになる気がした。僕はもう、はやる気持ちを抑えられない。
「詳しいことはおばあちゃんに聞いてくるから、少し待ってて」
 君がいるなら、何だってできる気がする。君といるだけで世界が変わる気がするんだ。
「できない」
 振り絞るように彼女は同じことをもう一度言った。それが不思議で仕方がなかった。
「どうして? だって、君も僕のことが好きなんだよね。人魚の肉を食べたら病気もすぐ治るよ。今までよりもずっと元気になれるし、これからもずっと一緒に」
「ずっと一緒が幸せなわけじゃない」
 彼女はたった一言で、浮足立っていた僕の心を跳ねのけた。
「どうして? どうしてそんなこと言うの? だって僕は君のために」
「人間である私の周りの人たちがみんな死んでいっても、ずっと生きていかなければいけないんだろ。そんなの、人間じゃない」
 はっきりと線を引かれたと思った瞬間、僕は絶望した。
 好きなのに、彼女の好きは、僕の好きとは違うことに。
「でも、僕がいるよ。僕がずっと一緒にいるよ。それじゃ駄目なの?」 
 ちょっと焦りすぎた。そうだな。彼女にも心の準備があるから、もっと言葉を選べばよかった。でも、今にでも死にそうな彼女には時間がない。だからこそ、
「限りがあるから美しいこともきっとあると思うよ」
「でも、もう絵が描けないんだよ」
「それは悔しいし、哀しい。もっと生きていたいけれど、でも、永遠に生きることを思うとそんなの想像でも耐えられる気もしない。人間はね、限りがある少しばかり長いぐらい生きるのが丁度良いんだ。それにね」
あくまでも穏やかな口調で彼女は告げる。
「やっぱり、好きな君のことを食べられないよ」

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