小説

『永遠回帰』北山初雪(『人魚姫』)

 彼女が不老不死を選んでくれるよう、毎日説得した。そのたびに彼女は首を横に振って、そしてまた苦しそうに眠りについた。
 その繰り返しに、僕の心はずたずたにされた。
 彼女のことは好きでも、それと同じくらい嫌いになりそうになった。
 好きなのに、憎い。憎いのに、好き。
 そして彼女に会うほどに、僕はどんどん惨めな気持ちになっていく。
 結局彼女は僕を選んでくれないのだと。僕ではなく、訪れる死を待つ、限りある苦しみの生を選ぶのかと。

 今日の彼女は比較的元気そうだった。顔色もいつもより良いぐらいだ。それでも外には出られない。
「死ぬのは怖くない?」
 彼女は家政婦さんが持ってきてくれた山茶花の花を描いている。
「怖いよ。すごく怖い」
 淡々と彼女は答えてくれる。
「でも、僕の肉は食べないんだよね?」
「うん。矛盾してるね」
 音もなく、花びらが床に落ちた。それを彼女は拾って、大事そうに握る。
「最近の君は、いつも怒った顔をしているね」 
あんまり穏やかな顔をして言うものだから、僕は腹が立った。
 衝動的に、花瓶ごと床に投げつける。
「君が、怒らしてるんだろ」
 割れた破片の上を山茶花が無残に広がっていた。それを彼女は怒るわけでもなく、静かな瞳で見つめている。
「僕のこと、好きなんだよね?」
苛立ちながらも確認して聞くと、彼女は一瞬だけ戸惑うような顔をしてから、僕の左手に触れ、自分に引き寄せた。
それから、僕の小指を噛んだ。
「え?」
 彼女の歯と舌の感触。そして、小指の先が濡れていくほどに、心臓が飛び出しそうに何度も何度も音を立てる。
 我に返ったのはいつだったのか。
 漸く、彼女が僕を選んでくれるのかと期待することができることに気づく。けれども、いくら待てども痛みはこなかった。
 彼女は噛むのをやめて、それから小指を愛おしむように口づけた。
「好きだから、食べられないよ」
 優しい顔をして、微笑んでくれる。
 嬉しいはずなのに、心が動かない。
 お互いの気持ちは一緒だとしても、その深さが違うことに愕然とした。どうしたって、僕にはその距離は縮められないのだと突き付けられたような気がして。

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