小説

『永遠回帰』北山初雪(『人魚姫』)

 完全に嫌われた。
 そう思うと、気持ちがどんどん沈んでいく。彼女に会うために人間になったから、もう今はこの姿も用無しなので一刻も早く人魚に戻りたい。
 彼女は慌てて逃げていったので、画材道具は無造作に散らばっている。別にそのままにしておいても良かったけれど、なんとなく申し訳なくなってきたので全て拾い集めて綺麗に整頓する。何もすることがないのでスケッチブックを広げてぱらぱと見てみる。
「きれいだなあ」
 単純な感想でも、それは紛れもない真実だった。
どの海も空も全部違った。絵に描いている方がより綺麗に見えるぐらいだ。いつもと変わらない海と空なのに、こんなにも景色って変わっていたかな、と驚くぐらい。
「これを描いていたんだなあ」
一生懸命に描いていた彼女の顔が浮かんで、思わず笑ってしまう。
 ずっと見ていても良いぐらいだ。一枚ぐらいもらえないかなと思ってみたけれど、海に持っていってしまったら濡れてしまうし、溶けて台無しになる。
「お腹もすいたし、街に行ってなんか食べるか」
 人間のお金も持っているし、たまには人間の食べ物を食べるのも悪くはない。中でも僕が好きなのはお好み焼きだ。
 荷物になっても、この画材道具とスケッチブックを置いていくのは忍びなかったので、持って行くことにした。

 小さな商店街の中に、そのお好み焼き屋さんはある。おじいさんとおばあさんがしているお店で、この前食べたのは確か一年前ぐらいかな。
「え?」
 お店は物の見事にシャッターが下ろされていた。張り紙には、「テナント募集」と書いてある。まさか閉店しちゃったのか?
 歩いてきたおばさんに聞いてみると、あっさりと理由を教えてくれた。
「おじいさんがこの前亡くなって、おばあさんもだいぶ足腰が弱っていたから息子さんとのところに引っ越されたのよ」
 あのおじいさんが亡くなって、おばあさんにも会えないなんて。
 だから人間は嫌なんだ。知らないうちに、勝手にどこか遠くに行ってしまうから。
 もやもやした気分はしていてもお腹だけはきっちりすいてきたので、適当にコンビニでおにぎりとプリンを買って岬に戻った。食べてみたはいいけれど、味がよく分からなくて、本当にただお腹にものを詰め込んでいるだけの食事になってしまった。
 今日は本当に厄日だ。つまらない。
 夜まで何をしよう。この姿のまま歩くのは正直面倒だし、かといってあの女の子は来ないし。
試しに芝生にごろりと横になってみる。この方が楽だ。このまま寝てしまって、時間をやり過ごそう。

 物音がしたので目を開けると、空は真っ赤に染まっていた。
 まだ暗くなっていないことに嫌気が差しつつも体を起こすと、あの女の子がいた。

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