爺さんとの戦いの日々を回想する。模倣犯たちは私を見れば即座に逃げていくが、爺さんは堂々と落書きを続けていた。爺さんは私にとって、最悪の敵であると同時に、最高の敵。だから、もっともっと爺さんには落書きをしてもらって、その全てを私が消したかったよ。
そんなことを考えながら、ふと思い出す。たしか、この先に爺さんの落書きの一つがあったはず。近々消されることに決まったらしいから、しっかり見ておこう。あれは、私が公園に勤務した初日の落書き。そこで爺さんと初めて出会い、私は記念すべき一敗目を喫した。
ゆるやかなカーブを曲がっていく。
絵が目に入った瞬間、私は思わず足を止めた。
これって・・・・・・
すぐには言葉が出てこない。
地面の落書きには、たくさんの桜の花びらが積もっていた。その様子はまるで、枯れ木に花が咲いているようだった。
私はようやく理解する。爺さんが枯れ木の落書きをしていたのは、このためだったのか。
花見の楽しい雰囲気に水を差すなどとんでもない。
――もっと長く、桜の花が咲けばいいのにね。
そんな妻の言葉を、爺さんは叶えようとした。
この光景を私は目に焼きつける。ようやく花を咲かせた枯れ木の落書き、その隅では爺さんのサインが勝ち誇るように笑っていた。
◆◇
あれから十年。
市民からの要望で市議会は決定を覆し、枯れ木の落書きは一つとして消されることなく、今では市の名物になっていた。
落書きのある場所では、他の場所よりも、桜の旬がほんの少しだけ長く続く。
その時期になると、私は娘の手を引いて公園に行き、
「むかし、むかし、あるところに――」
落書き爺さんとの思い出を語るのだった。