小説

『枯れ木の花』℃(『花咲かじいさん』)

 しょうがない。今回は特別に、ふふふ、この私が鑑定してあげちゃおうじゃないの。
 どれどれ。さすが画家だけあって、なかなか上手いもんだ。筆運びに迷いがなく堂々としている。
 でも、落書きは落書きだ。市民の迷惑。子供たち、それに悪い大人が真似をしたらどうするのか。
 はい、消去決定。
 というわけにもいかず、私は腹立ち紛れに地団駄を踏んだ。
 勝ち誇った顔で、爺さんが絵の隅っこにサインを入れる。
 完成したのは――枯れ木の絵。見事なまでに荒涼としていた。すぐ近くに桜並木があるのだが、絵の方がずっと目をひきつける。
 だが、そう見えるのは今が冬だからだ。春になれば、本物には花が咲く。一方、枯れ木の絵に花が咲くことはない。どっちが優れているかは明らかだ。
 爺さんに対してブーイングをしてみるものの、多勢に無勢。野次馬たちの拍手にかき消されてしまった。
「ちょっくらごめんよぉ」
 爺さんが人垣をかき分けて、私の前に来る。
「オカモトの奴はまだ来ていないようだなぁ」
「今日はお休みです。で、私が鑑定します」
「ふーん、やってみろよ」
 小馬鹿にした態度で、爺さんが言う。
 こうなったら引き下がれない。
 私の評価は――
「ただの落書きですね。市の美観を損ねるので、今すぐ消します」
 野次馬たちが一斉にブーイングをした。
「待ちな、皆の衆」
 爺さんが絵筆を指揮棒のように振ると、ブーイングが瞬時にやんだ。
「この絵を駄目と判断した、その理由を聞かせてもらおうか」
「だから、市の美観を」
「そんな取り繕った理由はいらん。お前さんの正直な感想を聞かせてもらおうか」
 爺さんの声はうっすらと笑っていた。わかっているのだ。私なんかに正確な評価ができるはずないと。うう・・・・・・。プロのくせに、素人をいじめてくる。
 しかし、ここで引き下がっては今後の業務――落書き消しに支障をきたす。
 ええい、こうなったら、
「魂です! この絵には肝心なものが入っていません!」
 それっぽいことを大声で言ってみる。ああ、心臓が爆発しそう。
「なるほど。未完成だと言いたいのか?」
 爺さんが平然とした顔で訊いてくる。
「そ、そうですよ」
 つい声が裏返ってしまった。
 爺さんがニヤリと笑う。
「そうか。未完成か」
 何だろう。嫌な予感がする。
 次の瞬間、爺さんが唐突に手を挙げた。
「この絵が未完成だと思う人ーっ!」
 まずい。私は急いで手を挙げる。しかし、誰も後には続かない。ここにいる野次馬全員、私の敵だった。
「なかなか興味深い結果が出たようだな」
 意地悪く言う爺さん。
 ゆっくり手を下ろすと、
「この絵は消すんじゃないぞ」
 画材一式を抱えて悠々と去っていった。

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