では僕は、あのころに帰りたいのだろうか?
そう考えると、答えがまったく出なくなってしまう。現在身に着いている柔軟性のようなものは、確かに僕の魔法だ。あのころとはまったく違う形で、僕から発信される、魔性の力。
今の僕は全知全能の鏡ではなく、甘い台詞を囁くホストの加賀美だ。欲しているものを的確な形で与え、未来の利益を見据えているという点を評価するのであれば、この変化は間違いなく成長だった。
「なんかミラくん、背が伸びたんじゃない?」
「ええ、そんなことはないですよ、もう成長期とっくに終わっちゃったもん」
「またまた~、まだまだ若いでしょお~ミラくんって何歳~?」
「うーん、300歳くらい?」
「やだあ~」
半分嘘だ。王妃と出会ってから、僕は自分の年齢をカウントするのを忘れてしまったから、あれからどれだけの時間が過ぎたのかは、なんとなくしか分かっていない。
「でもねえ、私、ミラくんにはとっても感謝してるの」
「ええ?僕の方がずっと」
「してるの。ミラくんに綺麗って言われると、本当に綺麗になれた気がするから」
にっこりと笑う指名客に、溶けるほど甘い表情を浮かべて引き寄せる。骨張った細い方は、華奢というよりは老いのそれで、一生懸命整えている髪の毛も、不自然な人工色に染まっている。精一杯の若作りは、きっと外の世界では、あまり意味を成していないのだろう。
「ちょっとミラくん、こっちのテーブルはあ~?」
ふいに高く媚びた声が飛んでくる。はす向かいのテーブルに、いつもの指名客が座って、眉を潜めて待っていた。羽振りの良い若いOL。ちらりとボーイを盗み見ると、案の定高いボトルが入ったサイン。ドッキングだ、精一杯の申し訳ない表情を作って、耳元に唇を寄せる。
「ごめんね」
「あっちの人の方が、若くて綺麗だから?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ」
「綺麗だよ、あなたが」
僕は、いつか本当は、あの人に対して口に出したかった台詞を、言う。
「僕にとって、一番美しい人はあなたです。僕の世界で最も美しいのはあなただから。この世で一番美しいのは」