小説

『魔法は使えなくてよかった』白土夏海(『白雪姫』)

 だらしない口調と髪型のわりに、食事の仕方は割に綺麗だ。箸もきちんと持てているし、バランス良く食事を進めている。案外きちんとした家庭で育てられたのかもしれないなとぼんやり想像するけれど、僕のそんな内心など悟る気配もなく、正幸は気だるげに続けた。
「あの客、ぜんっぜん美人じゃないじゃん?」
「あー、まあ」
「まずババアだし、可愛くもねえし。ちょっとデブだし。肌もきたねェし、メイクも下手だし、服もなーんかだっせェし」
「それがどうしたんだよ」
「でもさ、本人は綺麗なつもりもなの。この新しい服どう、口紅変えたの、美容院いったの、ってイチイチ報告してくるわけー」
「いやあ、女ってそういうものだろ?」
「そうなんだけどォ、そのたび俺、キレイキレイ、チョービジン、メッチャカワイイ、ミユキサンガ世界一キレイダヨーって言ってるわけよ」
 ここまで言われて、僕はようやく察することが出来た。なるほど、彼はふと、我に返ってしまったのだ。
「こんな嘘ばっか言ってて、なにしてんだ俺?って、わけ分かんなくなっちゃうんだよなァ」

 わけなら分かる。人は言葉を欲していて、それは自分を真っ向から肯定してくれる、格別に耳障りが良い言葉たちだ。
「ミラくん、七番さんご指名です」
「ハーイ、いきまーっす」
 聞きたい言葉。見たいもの。とってほしい態度に、過ごしたい時間。しかるべき金銭に換算して、それらを提供するのがホストクラブの役割だ。そこに悪もなければ善もないのだ。
「リツコさん!また来てくれたんですね!」
「もっちろん!ミラくんといるとすごく安らぐんだもの~」
「本当ですか、幸せだなあ。リツコさんみたいなキレイな人にそう言われると、時間忘れそうになっちゃいますよー」
「うふふ、相変わらず嬉しいこと言ってくれるわねえ。じゃあ今日はボトル入れちゃおっかな」
「オーッ」
 べったりと腕を組み、甘えて来る女性客の腰を引き寄せ、更に密着させる。サイドについた別のメンバーが熱いですねェと茶化す。新しいボトルが入る。ボーイがそっとその数をチェック。
「ミラくん、もうすぐ誕生日じゃない?」
「あっ、そうだ!えー、覚えててくれてるんですね、リツコさん」
「当たり前よ~!ねねっ、何かほしいものないの?」

1 2 3 4 5