「うーん、そうだなあ~」
誤魔化すように厚く化粧をしているけれど、深く皺が入った口元はなかなか隠せてはいない。たるんだ目元をカバーするために塗りたくられたパールのパウダーが、僕にすり寄るたびにこすれて、黒いジャケットが一部ぼんやり白んでしまう。
「リツコさんが会いに来てくれれば、僕はもう、それだけで幸せ」
「ミラくん……」
「キレイだよ、世界一綺麗な人だ、リツコさん………」
目を見つめて、甘い言葉を吐いて、柔らかい腕で引き寄せる。相手は、その腕の中では本当に世界一美しくなれる。たとえ他人にとっては真っ赤な嘘の固まりでも、本人にとってだけは本物で、美しさは紛れもない事実となる。
王妃にとって、必要なことはきっとそれだった。あなたが綺麗だ。誰よりも美しい。ただそう言って、白雪姫の存在など気にすることなく生きていけば、国は終わることなく続いていただろう。白雪姫は王子とは結ばれなかっただろうけれど、元来気立てが良い美しい娘だったのだから、どこかでそこそこ幸せな人生を遂げたはずだ。処刑された狩人は死なずに済んだだろうし、革命を迎えない国民は安寧な日々を送っていたことだろう。
そう、もしもそんな世界だったら、僕はきっとホストになんかにならなかった。ただの鏡のまま、ただ一人の美しさを肯定し続けて、緩やかに生ぬるく生きていたことだろう。
嘘などつかず、生きた来たせいで、嘘をつくことになっている。
「嘘ついてなんぼでしょ、この商売!」
「しーっ、志保ちゃん、声、声!」
「いいじゃんそんなの、みんな分かってるよお!」
意外と知られていないけれど、ホストクラブの利用客には、キャバ嬢や風俗嬢も少なくない。元々ホストにはまってしまって、貢ぎすぎた結果資金がなくなり、水商売に身を落とすというパターンが多いのだが、中にはこうして同業同士の鬱憤を晴らしにやって来る客もいる。
そのパターン通り、通り向かいのスナックで働く志保、源氏名アケミは、僕と正幸と特に仲が良い上客だった。
「正幸くん、そんなんでやってけんの?」
「ちょっ、リクト!リクトって呼んでよ!」
「リクトくーん、そんなんでホストやっていけるんですかー?」
「やってんじゃん……」
サバサバとした態度が小気味良く、上客も多数抱えている彼女は、月に一回程度、こうしてやって来ては、割に赤裸々な話をして帰って行く。今夜はそのテンプレパターンだった。
「あのねえ、みんなね、ここに嘘ついてもらいに来てるんだよ」
「そうなんだけどさァ」
「イケメンにちやほやされたいわけ。可愛いって言われたいわけ。誰か金払ってあなたはブスです、全然綺麗じゃありませんって言ってほしいのよ」
「分かってるってー」
「いーや、分かってないね!」
ぴしゃりと言い切る志保に、正幸があからさまにたじろいでいて、少し面白かった。