小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 ほどなく第一陣が境内に到着すると、最初の先導である若者が加わり、一行は東へと発ちました。
 祭りの準備はいよいよ盛り上がり、先走った村人が早々に太鼓を鳴らし始めました。力強い太鼓の音は山にこだまし、甲高い響きとなって返ってきました。
「やはり祭りは良いものじゃ」
「よろしければ、将軍さまもひとつ」
 勧められて、将軍も上機嫌でバチを手にしました。
 眺めの良い境内からは、神社に向かってくる人々が見て取れました。第二陣、第三陣と兵たちが神社を発っていきますが、目立つ風はありませんでした。
「みなしっかりのう」
 興が乗ったのか、将軍は延々と太鼓を叩きます。
 まるで陣太鼓に後押しされるように、兵達は次々に抜け道へと消えていきました。
 山びこが響きあうのか、たん、たん、と乾いた音は、見当違いのところからも聞こえ始めました。お囃子はさらに激しく、将軍は嵐のような山びこに酔いしれるように、一心に太鼓を叩き続けました。

 
「今頃先陣は辿りついておる頃かのう」
 しばらくして打ち手を替わった将軍は、炊き出しの握り飯をほおばりながら言いました。
「無事ついておる事でしょう」
 お婆さんが答えたとき、ちょうど第一陣の先導役が境内に戻ってきました。早足で帰ってきたらしく息が切れていましたが、足取りはしっかりしています。
「首尾はどうじゃ、うまくいったか」
 将軍が尋ねると、若者は青い顔のまま「つつがなく」と答えました。
「よしよし」
 将軍は微笑みました。

 
 打ち手を替えながら祭囃子が続く中、二陣、三陣を率いた若者が帰ってきました。将軍が同じように首尾を尋ねると「抜かりなく」「滞りなく」と色よい返事です。
 いよいよ将軍は嬉しくなり、自らも百姓の姿に扮すると最後の陣に加わりました。
「我が兵はことごとく彼の国に潜り込み、後はわしの一声で敵を討つのみ」
「将軍さま、みな、あちらでお待ちですぞ」
 お爺さんの言葉に、将軍はひときわ大きな笠を身に着けると、堂々と言い放ちました。
「いざ参ろうぞ」

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