小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 約束の日の朝、西の将軍は、訪れた神社の様子に目を見張りました。
「これは将軍さま」
 出迎えるお爺さんに笑顔も見せず、開口一番問い質しました。
「どういうことだ。なぜこのような時に祭りの支度などしておる」
 かけつけたお爺さんに、開口一番問い正しました。
 将軍の言う通り、境内ではちらつく雪にも構わず、村の衆が慌ただしく行き交っておりました。ちらほらと提灯やのぼりも見えます。稽古をしているのでしょうか、小さいけれど太鼓や笛の音も聴こえてきます。
「それは将軍さま、和議が成って、いくさが終わったからですよ」
 いつの間にかそばにいたお婆さんが答えます。
「冬の初めのこの時季は、豊作の祭りをする習わし。今年は満足に鍬も振れませんでしたが、いくさが終わりとなれば、祭りをしても不思議ではございません」
「うむ、ん。しかしだな」
 お爺さんは何食わぬ顔で続けます。
「祭りとなれば人も集まろうというもの。街道も『ひときわ混み合う』でしょうな」
 将軍はようやくお爺さんの意図するところに気づくと、薄く笑いを浮かべました。
「なるほど、考えたな」
「わしらも、命は惜しいですから」
 お爺さんは将軍にだけ聞こえるように呟きました。

 
「こちらでございます」
 祭りの準備を横目に、一行は境内隅の小屋に入りました。
 普段は山車など置かれているであろう、薄暗くかび臭い空間に、体格の良い若者がずらりと控えておりました。
「本日、先頭を歩く者にございます」
「うむ。逞しい男衆じゃ。して、この者らに笠はないのか」
 将軍が尋ねた通り、男たちは誰一人として笠をかぶってはおりませんでした。お爺さんが合図をすると、みな胸元から手ぬぐいを取り出して、頬かむりを始めました。白地に藍の点々が鮮やかな、いわゆる豆絞りです。
「先導には、目印として手ぬぐいをさせます。皆が同じ姿ではかえって目立ちましょうし、ついて行く皆さまも先導を見失わぬようにと」
「なるほど、これなら迷うこともなかろう」
「そして、お伝えした抜け道は崖そばの細い道。先導の後を一列に歩いてもおかしくありません。そもそも村の者しか使わぬような道、万事差しさわりないかと」
「いよいよ気に入った。わしも後ほど通るが、楽しみにしていよう」
すっかり感心した将軍のもとに、砦より伝令が届きました。
「よし。第一陣が発ったそうじゃ。第二、第三と続くが、いずれもここに立ち寄り東に向かう。よいな?」
「はい。あとは若衆が一名ずつ、ご案内いたします」
「幸い、ここは神社じゃ。兵にはみな必勝祈願をさせようぞ」

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