小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 将軍はしばらく思案しておりましたが、やがておもむろに口を開きました。いつの間にか豪快な雰囲気はなりを潜め、狐のような疑いの表情を浮かべておりました。
「よい策に思えるが、あいにくわしらはこの辺の土地勘が無いのでな」
 そこでお爺さんをジロリと睨みつけ、低い声で続けました。
「いっそのことお主らで先導をしてもらえぬか」
「先導、ですか?」
 お爺さんの肩がびくりと震えました。
「うむ。それならばわしらも無事に東の国に辿りつけようというもの」
「それは、その」
「いくさに加勢しろと言うのではない、東に着けばそのまま戻るがよかろう」
「ええ、しかし」
「うん? 百姓は撃たれぬと言ったのはお主らではないか。何か不安でもあるのか?」
 後ろに控える家来たちも「大義ない、大義ない!」「わしらがついておる!」と囃し立てます。
「既にたっぷりと褒美は与えたはず」
「はい。それは、もう」
「笠をこしらえてくれたのだ。いまさら返せとは言わぬが、のう?」
「は、はぁ」
 お爺さんは汗をにじませて何かをためらっておりましたが、やがて「お前さん」という囁きに後押しされると「よろしゅうございます」と声を絞り出しました。
「よしよし、それを聞いて安心した。これでわしらは一蓮托生。案ずるな、必ず東を討ち滅ぼしてくれよう」
 元の豪快な顔つきに戻った将軍は、何度もお爺さんの背中を叩きます。
 たまらずお爺さんがせき込むと、将軍も、家来のお侍もどっと笑いました。

 
「手筈通り、和議の使いはすぐに送る。ては、明後日の朝、神社にて落ち合おうぞ」
 将軍は一行に笠を抱えさせると、小振りの雪の中をゆうゆうと帰っていきました。
 その姿が見えなくなると、お爺さんはお婆さんに尋ねました。
「恐ろしいほどに筋書通りじゃが、本当にこれでよいのか、婆さんや」
「大丈夫ですよ、お爺さん」
 お婆さんはにっこりと笑って続けました。
「何とかなりますよ、いつだって」

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