小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 砦を後にした二人は急いで村に帰り、皆に事の次第を伝えました。
 褒美を目にして騒ぎ始める一同を、お婆さんがたしなめます。
「ぼうっとしている暇はありませんよ。男衆は笠作り、女衆は夕餉の支度を」
 村の衆は色めき立ちました。久しぶりに満足な食事にありつけそうです。
 誰かが「腹が減ってはなんとやら」と野次を上げ、座に笑いが起きました。
 その様子を眺めながら、お婆さんは言いました。
「お爺さん、ここからが肝心です。もうひと仕事お願いしますよ」
 お爺さんは神妙に頷くと、騒ぎの中をそっと抜け出していきました。
 そして、懐から手ぬぐいを取り出したかと思うと、しんしんと雪の降る中、いずこかへと消えていきました。

 一同の夜なべが実を結び、翌朝には人数分の笠が出来上がりました。
 知らせを受けて、早速西の将軍が手勢を連れてやってきました。笠のひとつを手に取ると、撫で回しながらその出来をほめます。
「うむ、しっかりした笠じゃ。改めて礼を言うぞ」
 いかつい顔でにっこりと微笑むと、幼子から小さな悲鳴が上がりました。
「はい。みなよく働いてくれました。これでいくさに勝てますな」
 お爺さんも嬉しそうに答えました。
 しかし、将軍はすぐに顔を曇らせました。
「実はどのように東へと潜り込んだものか、頭を悩ませておるのだ」
 聞くところによれば、百姓に扮したとはいえ、大勢が一度に東の国に向かってはやはり目立ってしまう。何かいい方法はないか、とのことでした。
 お爺さんはそれを聞いて思わず息をのみました。
 お婆さんが「お爺さん」と呼びかける声に落ち着くと、将軍に言いました。
「では、東の国に和議を持ちかけてはいかがでしょう」
「なんじゃと?」
 将軍の髭が逆立ちます。お爺さんはすかさず言葉を繋げました。
「もちろん、偽りでございます。いくさをひと時でも収めるのです」
「偽り、か」
「いくさが終われば、物入りの年末のこと。街道に人通りもできて、目立ちますまい」
「うむ。しかし」
 将軍は煮え切りません。偽りとは言え、白旗を挙げるようで面白くないのです。
 お爺さんは畳みかけます。
「この策を全うさせるためでございます」
「しかし、体よく和議が成ったとして、やはり街道を大挙して向かうのは怪しかろうぞ」
 お爺さんはお婆さんに目くばせすると、打合せ通りに言葉を続けます。
「わしらが使う抜け道をお教えいたしましょう」
「抜け道とな?」
「はい。そして一度に全員でなく、四、五人に分かれて向かえば、より目立ちますまい」

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