小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 その日の昼過ぎ、二人は西の国の砦を訪ねました。昨日のことを門番に伝えると、すぐに将軍の元へと案内されました。
「そなたが話に聞いたご老人か。昨日はうちの者が世話になったな、かたじけない」
 西の国の将軍は、立派な髭をたくわえた大男でしたが、その広い肩幅をすぼめるようにして礼を言いました。
「とんでもない、当然のことをしたまでで」
「して、今日は何用で参られた。すまぬが、これからまた軍議が控えておるのでな」
 将軍が申し訳なさそうに言うと、お爺さんはおずおずと切り出しました。
「実は、村の一同で皆さまのお手伝いができないものかと」
「手伝い?」
 将軍の目が怪しく光ります。
 お爺さんは思わず身をすくめましたが、「お前さん」と呼ぶお婆さんの声に気を取り直して続けました。
「はい。笠をこしらえようと思いまして」
「ほう」
「昨日のように、いかな東の鉄砲撃ちも、百姓を撃つことはありません」
「うむ」
「お侍さまも、百姓に身を変えれば、撃たれることなく、西の国に攻め込めるのではないかと」
「そのための笠を、か」
「はい」
 将軍は「うまい」と手を打って喜びました。
「ちょうど、その手で東に乗り込む算段をしておったところじゃ。だが、いかにして装束を揃えるか、そこが頭の痛いところじゃった」
「そうでございましたか」
「お主らで用意してくれるなら、これほど助かることはない」
 将軍は嬉しそうにお爺さんの肩を叩きます。
 お爺さんはその激しさに咳込みながら言いました。
「ところが、これには問題がありまして」
「なんじゃ、言うてみよ。これが上手くいくならなんでもしよう」
「村の者はみな畑仕事をなりわいにしておりますが、東の兵が恐ろしく表に出ることもできません。今では蓄えも尽き、その日食べるものにも困る始末。これでは満足にお手伝いすることも叶いません」
 将軍は眉を八の字にして精一杯の同情を見せました。
「なるほど。いくさがために辛い思いをさせておったか」
「いえ。わしらとしても、少しでも早くいくさが終わってほしいと、お手伝いを申し出たのです」
「確かにその方が良かろうな。よし、分かった」
 太い胸板をドンと鳴らして、将軍は雷のような声を響かせました。
「そのほうらに先に褒美を授けよう。まずは腹を太らせ、一同で笠をこしらえてくれ。その笠をかぶり、見事東の国を討ち滅ぼしてくれよう」
 そう高らかに言い切ると、将軍は家来に命じて早速褒美をとらせました。
「ありがとうございます。これで飢えをしのぎ、お手伝いができます」
「ゆめゆめよろしくたのむぞ」

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