小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 と、強く乾いた音がこだましたかと思うと、侍は前のめりに崩れ落ちました。
 今度こそ腰を抜かしてしまったお爺さんの頭に、男の言葉が蘇りました。
『知らんのか爺さん、東の国は鉄砲撃ちを大勢雇ったらしいぞ』
 隠れているのは西の侍で、たったいま侍を撃ち殺したのが東の鉄砲撃ちでしょうか。目の前で人が倒れるのを見て、お爺さんは生きた心地がしませんでした。
「百姓は撃たれまい。百姓は撃たれまい」
 震えながら何とか腰を上げたお爺さんの目に、怯えきった侍たちの姿が映りました。
 命くらい助けてやりたいものだ、そう思ったお爺さんは、背中の笠に気づきました。
「そうか、そういうことか」
 お爺さんはやっとお婆さんの言った意味が分かりました。
 うまくすれば、侍たちを救うことが出来るかもしれない。お爺さんはそっと茂みに分け入りました。
「なんだ、爺さん。寄るでねえ。ここがばれてしまうではないか」
「お侍さん方、これを使ってくだせえ」
 お爺さんは笠の束を差し出しました。
「兜も鎧も脱いで、これをかぶってくだせえ。そうすりゃあ、わしらと同じになって、撃たれませんぞ」
 侍たちは呆気にとられた様子でしたが、やがて顔を見合わせると、無言で鎧兜を脱ぎ始めました。
「ご老人、恩に着る」
 一番年かさの侍がそう言うと、いざ、と表へ出ていきました。そして間をおいて一人、また一人と街道を西に向かって歩んでいきました。
お爺さんは茂みで息をひそめていましたが、結局、それから銃声が響くことはありませんでした。

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