小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました。
 お婆さんは村きっての知恵者で知られ、お爺さんはそんなお婆さんをこよなく愛しておりました。
「何とかなりましたね、お爺さん」
「そうじゃな、婆さん」
 と、困ったことも二人で乗り越え、仲むつまじく暮らしておりました。

 
 ところが、その年はいつもと違っておりました。
 東の国と西の国がいくさを始めてしまい、ちょうど真ん中にある二人の村も合戦の場となってしまったのです。どちらの国も侍以外は手にかけないことを約束しておりましたが、合戦の最中に鍬は振れません。村人達はろくろく畑仕事も出来ないまま、季節は冬を迎えておりました。

 
 ある日のこと、お爺さんは外を伺いながら言いました。
「このいくさ、いつまで続くんじゃろうか。これじゃ年越しの用意もできぬ」
 お婆さんが答えます。
「そうですね。お供えのお酒もお餅も底を尽きました。ほかの蓄えもそれほどありませんし、無事に年を越せるでしょうか」
 お爺さんは家の隅に目をやります。そこには、せめてもの内職として編んでいた笠がありました。
「やはり笠を売って少しでも銭に変えねばならんのう」
「でもお爺さん、いくさの最中、出歩く者がおりますか。出歩かなければ笠も入り用じゃないでしょう」
 それはもっともな話ですが、お爺さんはお婆さんにひもじい思いをさせたくありませんでした。
「やはり行ってくるよ、婆さん」
「そうですか。無理をしないでくださいね。それと、」
 お婆さんはお爺さんに笠をかぶせました。
「お爺さんもかぶっていってください。これなら、誰だって百姓だと思うでしょうから」
 はて、今日は雪も雨も降ってはいないが、とお爺さんは首を捻りましたが、知恵者のお婆さんが言うことです。大人しく笠をかぶって出かけることにしました。

 
 東と西、どちらの国にも市(いち)はありましたが、抜け道がある分、東のほうが道のりは短いのでした。この日も、お爺さんは迷わず東へ向かいました。
 街道は閑散としておりましたが、幸いいくさにも出くわすことなく、お爺さんは抜け道までやってきました。その道は街道よりずっと狭く、藪の中に分け入っているため、知らぬ者にはとても道には見えません。また、切り立った崖のそばを通っており、大層危ない道でもありました。
「いくさに巻き込まれるよりは、ましじゃ」
 お爺さんは抜け道へと踏み込みました。
 崖下は目もくらむような深さです。気づけばちらほらと雪も舞っています。お爺さんは目を回さぬよう、なるべく崖から離れて歩き、ようやく市に辿りつきました。

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