小説

『かぐや姫として生きてみる』吉田大介(『竹取物語』)

 思えばこれまで、相手が真性のホモか否かはわからないが、男に気に入られたことが三度ある。一人目は日本語教師養成学校の時の三十代教師。おっとりとした身のこなしで、反面、ボクサー風の眼力を備えていた男だったが、九か月間の教習課程における最後の教育実習で、評価をもらう際、じっと見つめられ、「和志さんの教え方、とっても愛が感じられ、好きでした」と。「愛が感じられ」と「好きでした」の間に絶妙な間があり、これが放課後、同じ教習生らに指摘され、「やっぱ和志はあのおっさんに好かれている。気を付けろ」と揶揄された。やっぱりと言われるのは、これまでも彼に自宅の最寄り駅を訊かれたり、返ってきたテストの答案に自分だけ大きな花マルをもらっていたりと、小さな特別扱いがあったからだ。こちらは二十代前半、色白でスリムで、つややかなロン毛を持っていた。二人目は同じく養成学校時代、十歳も上の同期生で、恰幅良く、三十代にして頭が禿げあがっており、口ひげを蓄えていた。この専門学校に入るためだけに仕事を辞め、北九州から上京してきたとのことで、友達がいないのか、ある日突然和志が一対一の飲みに誘われた。「二次会はウチで」に断れず、彼の部屋に入り勉強机の椅子に腰かけると、「狭いけんこっちに座りぃよ」とベッドのシーツを酔った赤ら顔でポンポンと叩く。禿げ頭、ひげ、濡れた唇、太い指に生える濃い毛、自分の尻などの映像が瞬時によぎり、一気に酔いが覚め、「あ、やっぱり帰ります」と、これといった理由も言い訳も示さず立ち上がり、「まだ来たばっかりやろうもん」に対し、「ええ、まあ」とだけ言って一目散にアパートを出た。いつ振り返っても気色の悪い思い出だ。三人目は五年ほど前。会社で、和志の支局異動に際してのはなむけのあいさつに際し、「なんだかんだ厳しいことを言いましたけども、やっぱり好きでした」と述べた四十代上司。周囲の一瞬の沈黙に気づいたのか、「いや、変な意味じゃなくて」と照れた様子がまた逆の効果を与えた。

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