小説

『宝』月日紡(『桃太郎』)

 満月が照らす山道の只中。焚き火を囲う数人の男たちが話し合っていた。皆一様にボロ布を纏ったような貧相な装いで、腰には唯一男たちが誇れる打刀が携えられている。
 しかしその話し合いは、近くの草木が揺れたことで中断される。男たちは何者かと警戒し、各々が腰のそれに指をかける。
「ただ今戻りました」
 草木を掻き分けながら、一人の男が焚き火を囲う輪の中に入ってくる。その男もほかの者と同じく粗末な身なりに帯刀という姿をしていた。
「見つけたか?」
「一応見つけはしたのですが、どうやら先に現地の老夫婦に回収されてたようで……」
「そうか……」
 男たちは、さるお方から赤子の捜索依頼を受けていた。その赤子は名のある大名の隠し子であり、正妻から男児が生まれなかった大名にとっては、唯一の跡取りだった。
 大名の正妻も娘を産んですぐに病死。その悲劇を予測できなかった大名は、正妻が子を孕んだと知った途端に愛人を自分の側から追い遣り、それに絶望した愛人は赤子ごと川に身を投げた。
 大名は自分の血を絶やさない為に、急いで子供の捜索を開始した。それから数年たって、依頼を受けた親分たちがようやく発見できたというわけだ。
「あんな殿様の子供だ。別のやつ連れてったって構わないだろ?」
「依頼は依頼だ。きっちりこなす」
 集団の中で最もガタイの良い親分格の男は、どんな依頼も忠実にこなす人間だった。それを知っている周りの面子も、逆らうようなことはしなかった。
「しかし、取り替えるというのは良い案だ」
 空の月を見上げながら、親分はふとそう呟く。
「は?」
「老夫婦の目を盗んで子供を奪えば、場合によっては捜索依頼を出されて大きな騒ぎになりかねん。あの殿様はそんなことは望まんだろ」
「それで別の子供とすり替えて、事なきを得るってわけですね!」
 自分の案を採用された下っ端の男は、嬉しそうに手を叩いて納得する。
「しかし、あの年頃の子供をすぐに調達できるかどうか……」
「相手は老人どもだ、若干の年差や顔の違いならごまかせよう。身内で賄うぞ」
 親分に言われ、不安を述べた男もそれ以上は何も言わなかった。
 そうして白羽の矢がたったのは、集団の中で最年少のシバという小僧っ子だった。
 老夫婦が寝静まった頃を狙って、親分は子供を掻っ攫い、シバは子供が寝ていた床に潜り込んだ。
「あとは老人どもが死ぬまで、シバに潜り込ませておけば万事上手くいくな」
 親分は謀がうまくいったことでえらく上機嫌だった。軽い足取りで子供を抱え、一人呟きながら仲間の待つ野営地に戻った。
 老夫婦から取り上げた子供を大名に届け、仲間と共に隠れ家に戻った親分は急に冷静になる。
 バレるのではと不安に思ったのだ。自分で立てた謀だが、どうしても不安が拭えない。結局親分は仲間の一人を監視に向かわせることにした。
 徐々に気温が上がり始め、季節のうつろいを感じ始めた頃。親分の元に悪い知らせが届く。
「シバの野郎がいなくなりました!」
 監視に向かわせた仲間からそう報告を受け、親分は急ぎ老夫婦の家を見に行った。
 確かにシバの姿はどこにもなかった。
「野郎っ、どこに行きやがった!」
 親分は謀が失敗したと思い、怒り心頭する。その後仲間と一緒に辺りを探すが、結局シバが見つかることはなかった。
 親分はシバを見つけるのを後回しにして、すぐに老夫婦の家に代わりを潜入させることにした。
「いくらなんでも気づくんじゃないですか?」
 二度目のすり替えに、流石に異見する仲間も出てくる。
「なに、老い先短い老人どもだ。問題ないさ」
 しかし親分はそんな仲間と、何より自分にそう言い聞かして、結局前回と同じ策をとることにした。

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