小説

『宝』月日紡(『桃太郎』)

 その日の夕餉時、三人で囲炉裏を囲みながらのことだ。
「なあ、最近どうだ?」
 親分はどう切り出すか悩んだ挙句、そんなぶっきらぼうな問いかけしかできなかった。
 不審に思われるかと内心冷や汗をかいていたが、老夫婦は特に表情に変化を加えることもなく、温和な笑顔を親分に向けるばかりだった。
「ええ、そりゃあもう、あんたらのおかげで私らは寂しくのうて幸せじゃ」
 粥を啜りながらおばあさんは答える。
「まったくじゃ。あっはっはっは」
 おじいさんはおばあさんの言葉に便乗して豪快に笑う。それに釣られておばあさんも笑うが、親分は全く笑えなかった。
 今この老夫婦は「あんたら」と言ったのだ。つまり、この老夫婦は親分たちが入れ替わりで子供を演じていたことを知っていたのだ。ということは、シバたちが消えたことも知っている。知っているどころか、ここまで来ると直接関わっている確率の方が高い。
「どうした、箸が止まっとるぞ」
「ほら、たんとお食べ」
 おじいさんとおばあさんは、驚きのあまり硬直する親分を見て食事を勧めてくる。朗らかで人の良さそうな老夫婦の顔も、親分には最早人殺しのそれにしか見えなかった。
 その日は結局そのまま老夫婦の流れに乗って、親分は仲間について言及することはなかった。っそれから数日、老夫婦の言動の一つ一つに気を配って過ごす日々を送った。まだ老夫婦が仲間を殺したという確証もない。親分にとっては、一歩先まで見えない霧の中にいるようなものだった。
 しかし、どれだけ気を張っても老夫婦におかしな行動は見られない。それどころか、愛想のない親分に親身になって接してきてくれる。親分にとっては初めての感覚だった。
 親がいれば、家族がいれば、こんな感じなのだろうか?
 数日目の夜、親分は一人寝床に潜って考えていた。接すれば接するほど、老夫婦の良いところばかりが目についてしまう。
 今までの自分の生き方を全否定されるような、それでいてそんな過去を許してもらえるような甘い誘惑。緩やかな時間の流れ。
「こうやって、他の三人を惑わしたのか……」
 親分は布団の中から声をかける。長年の経験から、布団一枚越しなら人の気配はすぐにわかる。親分が声をかけたのは、そばで座っている二人の人物に対してだ。
 布団から顔を出すと、老夫婦は困ったような笑顔で親分の顔を覗き込んでいた。
「……なんのことだ?」
 おじいさんのどこか悟ったような顔は、親分に落ち着きを取り戻させた。
「とぼけるなよ。俺たちがあんたらの子供を演じてたの、知ってたんだろ?」
 親分が歯を見せながらそう言うと、老夫婦はお互い顔をも居合わせて、悪戯がバレた子供のよな笑顔を見せる。
「ほら、お前のせいだぞ?」
「ええ、すいませんねえ」
 おじいさんとおばあさんは楽しそうに笑い合う。親分はその様子を見て口元がひきつる。
 明らかに老い先短い老人より親分の方が体力的にも勝っている。老夫婦が親分を殺そうとするならもう行動を起こしてもいい頃だ。いや、今起こしても遅いだろう。親分は既に体を起こしているのだから。
「せっかくあんたらが気を遣って、私らのために演技してくれたのにねえ」
「え?」
 親分は話が噛み合ってないことに気づいて首を傾げる。
「とぼけなさんな。わしらの子供がいなくなったのを知ってわざわざ来てくれたんだろう?」
 おばあさんとおじいさんは親分の手を取り、心の底から嬉しそうに笑う。親分はその顔を見て、途端に頭が冴えていくのを感じる。

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