小説

『宝』月日紡(『桃太郎』)

今までは、老夫婦は何かを企んでいる悪人という目で見ていた。しかし、今は違う。
数日暮らしたことで、親分たちの演技に付き合う性格や、自分たちを騙す親分たちに飯を与えてくれる優しさを知った。
この家で感じた優しい温かさは、親分たちには全く身に覚えのない新鮮な感覚だった。ましてシバやセキメ、オビに至っては親から捨てられて親分たちの世話になった形になる。当然子供の頃からなり振り構わず色々な仕事をこなしてきたし、そこに親からの寵愛や家族の団欒などというものはなかった。
「なるほど、あいつらあれで根は良い奴らだからな」
 親分は老夫婦の手を離れ、立ち上がり歩き出す。
「お前さんも行ってしまうのかい?」
 おばあさんは縁側から外に出ようとする親分に声をかける。笑ってはいるが、内心は寂しいのだろうとすぐに分かる顔だった。
 きっと前の三人も、老夫婦の優しさに触れて芽生えてしまったのだろう。親分と同様に、胸を握りこむような息苦しくて気持ちの悪い感覚。親分たちはそれを普段嘲笑い、自分たちには必要ないものだと決めつけている。だが、家族の団欒に触れた親分を含む四人は確実に心に宿していた。罪悪感と優しい心を。
 だから親分は、今まで作ったことのない表情を顔いっぱいに広げて振り返る。
「すぐに帰ってくるさ」
 親分のその言葉を聞いて、おじいさんは下を向いて問いかける。その顔は、どこか嬉しそうな笑顔だった。
「そんな嬉しそうな顔して、どこに行く気さね?」
「あんたらから宝を奪った、鬼を退治しにね。安心しな、宝は取り返してくるから」
 親分はそう言いながら、振り返ることなく森の中に歩を進めた。老夫婦はただ黙って見送るばかりだった。
 森の中では、単身で大名の城まで乗り込んで、見事に返り討ちにあった三人の姿があった。なんてことはない。老夫婦が何かをしたわけではない。親分の元に帰れず、黙っていなくなった手前老夫婦の元にも帰れずに森の中で隠れていたのだ。
 親分は既に、三人が辿ったであろう経緯をおおよそ把握していた。その三人は各々、親分に叱られると思って憂鬱そうな顔をしていた。
「お前ら、一人で無茶するなってさんざん言ったろうが」
「すみません。情にほだされたって知れたらただじゃ済まないと思って、何も言わずに一人で解決しようと……」
 一番親分に忠実なオビが三人を代表して言ってくる。
「まあいいさ。俺もお前らと同じだからな」
 親分のその言葉を聞いて、三人は表情をぱっと明るくさせる。それを見た親分は、叶わないとばかりに苦笑いを浮かべる。
 それからの動きは早かった。元からそういう仕事は手馴れたもので、親分を筆頭にしてシバとセキメとオビの四人組は、夜中のうちに大名の城に忍び込んだ。誰にも見つからずにということはさすがにできず、何人かの守衛と戦闘になった。しかし、それでも何とか一人も欠けることなく親分たちは宝を奪うことに成功した。
「まったく、とんだ二度手間だ」
 城からの追っ手をまいた森の中で、親分は抱えた宝を見ながら呟く。ほか三人もどこか楽しそうにその様子を眺めていた。
 明け方、親分たちはあの老夫婦の家に向かった。老夫婦は普段通り洗濯と芝刈りに向かうため家の外にいた。
 家の前で親分たちと老夫婦は再開する。
「こりゃ驚いた。息子らが一斉に帰って来おったわ」
 おじいさんは目尻に涙を浮かべながら呟く。
 親分はあの夜老夫婦から奪った子供を二人に引き渡す。子供はほんの少し成長していたが、まだろくに喋ることもできない。しかし、老夫婦のことを覚えているらしく、まるで本当の親に甘えるように両手を必死に伸ばしている。
「お前さんらが取り返してくれたのかい」
 おばあさんは声を震わせながら言ってくる。それに対し、親分は肩をすくめて言い返す。
「正義に目覚めたガキが、三人の家来と一緒にそれっぽいことしただけだ」
 本当は全てを打ち明けるつもりだった。しかし、涙を浮かべて感謝する老夫婦の顔を見て、嘘を打ち明けることができなくなってしまったのだ。親分が臆病風に吹かれるなんてことは、後にも先にもこれきりだ。

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