私はまた、サルの夢を見て目を覚ました。額にはうっすら汗。鼓動が狭いアパートに響いている。この一週間ずっと、その夢ばかりだ。
夢の中で、彼女は笑っている。駆けて、振り返って、手を振っている。「おーい」なのか、「さよなら」なのか、それとも「ここにいるよ」なのか。腕をまっすぐ上に伸ばし、遠くに誰か見えるみたいに振っている。サルが手を振っている相手は私じゃない。彼女が私に手を振る理由がない。彼女がなぜ私の夢に出てくるのか分からない。私は何もやってない。私は何も悪くない。
サルが転校してきたのは、小学校五年生の夏休み明けだった。田舎にあった私たちの学校は全学年ひとクラス。ひと学年二十人ほどしかいない。みんなが同じ保育園に行き、そのまま小学校、中学校と上がっていく。変わらない顔ぶれ、変わらない遊び場、変わらない関係。みんながみんなのことを知っている。それが私たちの当然で、私たちの全てだった。
あの朝私は、飼育小屋のウサギにエサをあげていた。飼育係りだった。ついこの間まで夏休みだった校庭が、すっかり二学期になって、鉄棒には逆上がりの練習をしている男子の姿が見えた。
サルは担任の小島先生と一緒にやってきた。小島先生は小柄なたれ目の、ちょっとハスキーボイスな女の先生だった。しつけに厳しくて、学校にいる間、私たちがお互いにあだ名で呼び合うのを禁止にした。どうしてあだ名が悪いことなのか今でも分からない。私たちは先生の前では苗字を使い、先生のいないときは変わらずあだ名で呼び合った。
転校生は初めてだった。
しーんと静まり返った教室の中で、自分が転校したわけでもないのに、私は何だかどきどきした。きっとみんなも同じ気持ちだっただろう。いつもとは違う緊張感が、その日の朝の会にはあった。みんながどう反応すれば正しいのか迷っていた。
お調子者で、いつも先生に注意されている男子たちが、真面目な顔をして席についている。女子のリーダーで、男子ともやり合うナナっぺも、その後ろの席のりくちゃんと話すのを止めて、転校生の名前が書かれた黒板を見つめている。何でも先生に質問するすーちゃんも、じっと先生の言葉を待っている。私みたいな、いつも目立たない他の生徒はもちろん、誰かが何かするまで、どうしていいか分かるはずなかった。
「特技はサルのものまねです」
サルは言った。名前と、もう忘れてしまった出身県、好きな教科を答えて、サルが笑顔を作った。
「見たい!」
ナナっぺがすかさず答える。ようやく緩んだ空気に、男子たちがいつもの調子で歓声をあげ、拍手をした。私も隣の席のユカちゃんと顔を見合わせて笑う。
やります!と言って、サルは長い髪を後ろにまわし、用意していた黒いカチューシャで止めておでこを出した。次に左右の耳をぐいっと引っぱった。最後に寄り目をすると、教室中がどっと笑いに包まれた。男子たちが大喜びで拍手をする。それもものまねの一部だったのか分からない。サルは顔を真っ赤にさせていた。
私もユカちゃんとくすくすっと笑った。ふとナナっぺを見ると、ナナっぺは笑っていなかった。何か言いたそうに、じっとサルを見つめている。男子たちが「もう一回」とリクエストした。小島先生はその声を遮ると、サルに机を紹介した。サルの席は、私のすぐ後ろだった。