小説

『オオカミの白い手』こゆうた(『オオカミと七匹の子ヤギ』)

 夜中に救急車のサイレンを遠くに聞いた時、何だか嫌な予感がした。
 案の定とばかりにサイレンがこっちに向かってくる。そう確信した瞬間、わたしはかけていた肌布団を足で蹴飛ばし起きあがった。
窓から身を乗り出すように外を見つめていると、窓の下を赤色灯が回転しながら通り過ぎた。そのまま遠くへ行ってしまえ、と念じ終わらないうちにサイレンの音が消えた。救急車が止まったのだ。
 わたしは部屋を飛び出した。
 救急車は屋敷の庭の白い柵に横づけされていた。周囲が回転する赤い光に照らし出され、庭のバラも赤く染まっては消えていく。そのくり返しがぐるぐると胸にあった不吉なかたまりを喉元まで押し上げていった。
 玄関に足を踏み入れるか躊躇している間に、バタバタと人の動く気配が奥からして、慌ただしくストレッチャーが運び出された。救急隊員を押しのけるようにして駆け寄ると、白いシルクのネグリジェの、お腹のところだけが異様に膨らんでいる。まるで石でも詰めたみたいだった。都さん、と声をかけようとしてわたしは思いとどまった。固く目を閉じ、白いというより青黒い顔色で横たわっている顔が薫さんのものだったからだ。
 声をかけそびれたまま立っていると、玄関を出てくる別の救急隊員の声が聞こえてきた。
「一緒に乗っていかれますか。それとも……」
「いいえ、けっこうです。先に行ってください。わたくしはあとで。どうせまた入院でしょうから、その準備をしてからまいります」
 奥から落ち着いた声が聞こえる。もどかしく、声に向かってわたしは駆け出した。
「ねえ都さん、薫さんどうかしたんですか。何が……」
 化粧気のない顔に乱れた様子のない寝間着姿。玄関に現れたのも薫さんだった。どっちがどっちなんだ。わたしは混乱した頭で、救急車の閉じられたドアと玄関先に立っている人物とを交互に見比べた。
「あら美和さん。あれは姉のほうです。都のほうですわ」

 庭のバラの水やりを申し出た時、薫さんはわずかに眉をひそめた。
「美和さんも酔狂な人ね」
「そうでしょうか」
「水やりが必要でないことくらい、あなたも気づいているんでしょう?」
「ええ、まあ」
 わたしは思いきって訊ねてみた。
「どうして都さんは造花のバラを?」
「あの人はね、自分が枯れたくないだけなの。ただのわがままなのよ。あなただって姉に自分のことは放っておいてと云われたのでしょう? だったらそうしておけばいい。あの人のわがままにつき合う必要なんてないわ」
 さばさばとした口調でそれだけ云うと、薫さんは部屋の奥に引っ込んでしまった。わたしはそれを了承の意味と勝手に解釈することにした。

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