小説

『オオカミの白い手』こゆうた(『オオカミと七匹の子ヤギ』)

 街の中心街で降りた頃には、都さんを連れて歩くのが憂鬱になっていた。閉鎖されたバスの空間でさえああなのだから、街中では一体どんな反応をされるのだろう。うきうきと歩きはじめる都さんの少しうしろで、わたしはできるだけ身を小さくして歩いた。
「どうしたの、美和ちゃん気分悪いの?」
「ううん、そんなことないです、けど」
 無邪気に心配する都さんの顔を見ていたら、何だか申し訳ない気分になった。一緒に出かけるのが恥ずかしいのならはじめから断ればよかったのだ。
 タタッと都さんに追いつき並んで歩く。大通りに出ると人の数はますます増していった。けれども不思議なことに人混みを進むにつれ、都さんへの人々の視線がぱたりと途絶えたのだった。ちらりと目をやる人がいるにはいるが、すぐに興味を失ったように視線をすっと流していく。目を合わせないためにするのとは明らかに違っていた。
 わたしは首を傾げ、しばらくしてその理由を悟った。通り過ぎる人々は都さんの出で立ちを何かのパフォーマンスの類だと勘違いしているのだった。都さんは堂々と歩いている。
 そうか、堂々としていればいいのだ。
 心得たわたしは胸を張って、大きく一歩を踏み出した。

 買い物を済ませたわたしたちは近くのパスタ専門店に入った。
「もう決めたんですか」
「うん」
 メニューを開いた気配さえ見せずに、都さんはこっくり頷いてから物珍しそうに店内を見まわしている。焦ったわたしはメニューにすばやく視線を走らせた。
 男性店員が近づいてきて注文を訊ねた。わたしはメニューを指さしながら「アーティチョークとアサリのショートパスタ」を注文した。
「あたくしはナポリタンで」
 都さんに見つめられたバイトと思しき若い店員は困惑した表情を浮かべた。
「当店ではナポリタンはお出ししていないのですが……」
 申し訳なさそうに彼は口を開いた。
「だってここ、スパゲッティ屋さんでしょう?」
「そうですけど」
「ナポリタンのないスパゲッティ屋さんなんて聞いたことあるかしら」
 口調は丁寧だが都さんは明らかに憤慨していた。わたしは心の中で「ある」と答えたが、そのことを口に出すタイミングを失ってしまった。

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