「あなたは…」
光太郎は顔を上げた。見ると、創造主たる魔法使いは、瞳にたっぷりと涙を溜めて光太郎をまっすぐに見つめていた。そしてかすれた小さな声で言った。
「わたしは知りたいのだ。わたしは、どうすればよかったのか。それとも、どうにも仕様はなくって、わたしはもう、いらないのだろうか」
光太郎は思った。この不思議なくらい臆病で、あきれるくらい疑うことを知らない、小さな創造主のこれまでを。どれほどの時間をひとりで過ごしてきたのだろう。どれだけ自分を責めたろう。すべてを意のままに出来る力を持っていながら、こんなにも侭ならない。そしてどれほど人に、おはなしに焦がれているかを。
光太郎は魔法使いに言った。
「今日、俺が読んだおはなし、おもしろかったかい」
魔法使いはぐっと息を吸い込んでから応えた。
「…おもしろかった」
「シンデレラも、魔法少女のおはなしも」
魔法使いは頷く。
「それはよかった。そういえば、どちらのおはなしもあなたが居なかったら生まれなかったおはなしだね」
そう言ってにっこり笑う光太郎を、ぽかんと口を開けて魔法使いは見つめた。まるで、はじめてものを見た時のように。そんなこと思いつきもしなかったとでも言うように。
「いろんな神さまや色んな魔法使いのおはなしは、今でもたくさんの人に愛されてるし、今この瞬間だって新しいおはなしが誰かによって生み出されてるかもしれない。それもこれも、あなたがこの世界を作ったからだ。人と一緒に。人はこの世界におはなしを見つけずには、そしてそのおはなしを読まずには居られないんだね」
信じられないという顔で魔法使いはこちらを見つめている。
「そして、あなたが読んでくれたおはなし、とても、おもしろかったよ」
魔法使いの目から大粒のしずくが溢れた。これまでないものにされてきたたくさんの気持ちが、後から後からこぼれだした。自分はここに居るとでも言うように。
「俺は、あなたのこれまでのおはなしをもっと読みたいと思ってる。それから、おはなしの続きも。聞かせてくれるかい」
光太郎の言葉に、魔法使いは何度も何度も頷いた。
「わたしも、また光太郎におはなしを読んでほしいんだ。いいだろうか」
きれいに澄んだ声で尋ねた魔法使いに、光太郎は応えた。
「勿論。おはなしはすべての人に開かれているのだから」
それを聞くと魔法使いは瞳をきらきらとさせながらにっこりと笑った。星明かりが窓から彼に降り注いでいる。そうして立ち上がると、魔法使いは光太郎にゆっくりと口づけた。
思いがけない事態に、光太郎は顔が熱くなるのを感じた。一気に意識が現実に引き戻される。血液が身体中を駆け回って、胸をぎゅうっとつかまれるようだ。
それをおいしそうに眺めていた魔法使いは、あのいじの悪い微笑みを見せながら言った。
「だてに創造主をやってる訳じゃない。好い心地がしたであろ」
さっきまでの泣き顔はどこへやら。光太郎が言葉を紡げずに放心していると、魔法使いはくしゃっと笑った。
「また、金曜夜にくる」
そう言うと、魔法使いは消えた。
光太郎は思った。こんなおはなし、夢だったとしても仕様がないけれど。夢でなければ、どんなにいいかなあ。
その日から、なぜだか光太郎はよく眠れる日が増え、ひとつ心配事が減った。けれども、毎週金曜、おはなし会で子どもたちに、自分は魔法使いだと豪語しすっかり人気者になってしまった創造主には心配させられっぱなしだ。なにより夜毎、彼を惑わす魔法使いにはもっと困ったものだと常々思っている。
冬とともに、新しいおはなしがはじまっていた。