小説

『大先生』太田純平(『千早振る(落語)』)

「先生!」
「ム?」
「その解釈は間違ってると思います!」
「ほう、どこが間違ってる?」
「『神のまにまに』は、神の御心のままに、というような意味です。『ぬさもとりあへず』の『ぬさ』は、色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったもの。旅の途中で道祖神にお参りするときに捧げるものです。『取りあへず』は、用意するひまがなく、という意味になりますので、この和歌の意味としては『このたびは急な旅で、神様にささげるぬさを用意できませんでした。代わりに、たむけ山の錦のような紅葉をお受け取りください』という意味になる思います」
 立て板に水。まさに流れるような新藤の弁舌に教室は二つに分かれた。彼を優秀だと思う者と、鼻持ちならないやつだと思う者。言い換えるならば、先生をバカだと思う者と、可哀想だと思う者。いずれにせよ、日常に飽き飽きとしていた彼らにとって、先生と新藤の対決は刺激以外の何ものでも無かった。
「まっ、そういう解釈も出来るな」
「いや、そういう解釈というか、今のが正解だと思うのですが……」
 今度こそ新藤が先生に噛みついた。ピンと張り詰める空気。黒板と睨み合うだけの吉住先生の授業では、決してあり得なかった新藤の台頭である。しかしそれでも先生は穏やかな姿勢を崩さなかった。
「まぁ、和歌の世界は非常に奥深いんだ。もちろん、こうだという一般的な解釈は存在する。だけどね、その前に、自分自身で感じてほしいんだ。こうじゃないか、こうなんじゃないかなってね。考えるんじゃない。感じるんだ。自分で感じるんだよ。それが本物の国語力だと、私は思うんだよね」
 先生の箴言。しかし多くの生徒には響かなかったようだ。特に新藤などの成績優秀者には、まるで今の発言が「言い訳」のように聞こえた。
「時間的に最後かな」
 先生はそう言って、再び前列の大人しそうな女子生徒に目星をつけた。
「じゃあ最後の和歌を、キミ」
 女子生徒が指され、小野小町の一首を詠む。

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