小説

『夢見るような恋をして』裏木戸夕暮(『おめでたき人』)

 時々は浮気もした。他のアイドルや、稀にだけどリアルに身の回りに居る女の子に目が行くこともあった。でも、彼女は初恋だからさ。初めて好きになった対象だから、やっぱり彼女に戻っちゃうんだよな。
 ただ最近気になるのは、彼女が段々大人な女性になってきたってこと。あ、気づいたら僕も大学生か。サークル?コンパ?行ってもいいけど、どうせ僕なんて・・・でももし、彼女にそっくりな女の子が居たなら。うん、やっぱり居ないな・・・中学高校大学と彼女は出来なかった。彼女が居るからいいやと思っていた。

 社会人になって仕事が忙しくなると、彼女のことを考える時間が少なくなっていった。仕事で接するうちに女性にも慣れた。裏の顔が見えたり幻滅することもあったけれど、そんなの男もお互い様だ。
 仕事で会う女性は皆しっかりしている。少なくともそう見える。比べるとアイドルの彼女は子どもっぽい。そう振る舞うのが彼女の仕事ではあるけれど。アイドルは偶像って意味だよな確か。そうか、見ている分には楽しい。そういうものか。一歩引いて彼女を観察してみると、女優やアーティストにステップアップするには何か物足りない気がする。十代の頃は広告に出まくっていたのに最近は露出が減った。
 あれ、そう言えば・・

 俺は気づいた。社会人になって稼いだら彼女に貢ぎたいと思っていたが、就職して以来何のグッズも買っていないしイベントにも参加していない。実家を出て一人暮らしを始めたら色々と物入りで、金銭的な余裕が無かった。仕事を覚えるのに必死で、彼女の妄想に浸る精神的余裕も無かった。いや違うな。
(そうか。俺はいつの間にか彼女を卒業してたのか)
 実家の俺の部屋は物置になっていると母親が言っていた。その押し入れに埋まっている、彼女のグッズを詰めた俺の封印箱。あれ、どうにかしないとな。
 彼女には申し訳ないが、今までありがとう。地味な俺の地味な少年時代に咲いた一輪の花。
 俺はずっと夢を見ていた。彼女という存在に女性への憧れを全て背負わせて、都合の良い夢を見続けていた。社会に出て少しは分かったつもりだ。男が夢見る女性は所詮幻想なんだって。
 俺はずっと夢を見ていた・・・俺は、目覚めた。

「あ、目ぇ覚めた?」
「痛っ」
 身動きをすると頭に痛みが走った。側に立っていた男の人が動くな、と手で制止する。
「頭のケーブルを外すまで動かないで。最初にそう言ったでしょう、忘れちゃったかな」
「え、何・・?」
 体がだるく頭はぼんやりとしている。男は構わず話し続けた。
「十年分のデータを2時間のダイジェストで見たから疲れたでしょ。まぁこれマイルドな方だからね。ガチのドルオタのデータだともっと重いよ。熱量が違うから」
「あの、何の話だか」
「ああやっぱり忘れてる。君は今、頭に直でケーブル繋いで夢を見てたの。アイドルにハマったファンのデータの平均値をね。十年ハマって健全に社会復帰。割と楽しかったでしょう。目覚めも良い筈だけど」

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