小説

『闇の向こうまで』竹野まよ(『耳なし芳一』(山口県下関市))

寺の境内で眠り込んでいたうたは和尚に起こされ目を覚ました。事情を尋ねる和尚に、うたは要領の得ない答えを繰り返した。
「私、草むらでぬばたまを集めていたの。日が暮れてきたら、急に真っ暗になって、手元も見えなくなった。手の中にあるぬばたまだけが頼りだった。気づくと、暗闇に大きな門が浮かんでいたの。私、すがるようにその門をくぐって、ここにたどり着いたんです。」
「昨晩は、満月だったはずじゃが。それに、この寺の門は階段を上がったところにあって、降りた向こうはさらに坂道。曲がりくねった先は海じゃ。おまえの言うような草むらなどないはずじゃが。」
和尚は首をひねった。何か事情があるのだろうと、ひとまず、このうたという少女を寺に住まわせることにした。
 寺には数人の坊主がいた。その中の芳一という盲目の坊主は琵琶の名手でもあった。芳一は、和尚に連れられてあちこちのお座敷に通してもらい、そこで物語を弾き語った。うたは芳一によく懐いた。芳一も突然現れた小さな妹をかわいがった。芳一が琵琶を弾き始めると、うたはどこからともなく現れ、そばに寄ってその手さばきを熱心に見つめた。
 ある風の強い晩のこと、うたは、ふと遠くから聞こえるかすかな音に気づいた。強い風にあおられて、枝や草がぶつかり合っているのだろうか。うたは琵琶に似たその音を空耳と決め込んで眠りについた。だが、翌日もその翌日も、夜風にのってかすかな琵琶の音が聞こえてくると、日に日に疲労の色を濃くしていく芳一と何か関係があるのではないかと不安を募らせ始めた。
 琵琶の音に気づいてから四日目の夜、うたは回廊を周り、音のする場所を確かめようと耳をそばだてた。暗闇の向こうから風が琵琶らしき音色を運んできたかと思うと、すぐにざわざわと近くの木々が騒めき、その音を消し去った。翌朝、うたは記憶を頼りに音がした場所へと向かった。行き止まりと思われたじめじめした暗がりに簡素な垣根が続いている。目を凝らしてその向こうを覗くと、そこにはひっそりと墓地が広がっていた。毎晩琵琶の音がしていた場所は、間違いなくあの墓地の辺りだった。いてもたってもいられず、うたは和尚の読経の声をたよりに回廊を走った。和尚に自分の不安を打ち明けると、和尚は他の坊主たちに声を掛け、芳一を見張るよう指示した。それでも、うたの嫌な予感は消えなかった。
 

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