澄んだ空気をおもいっきり吸い込む。
不思議な感覚に包まれた。
神様の中にいる。
連れて来てくれた父に感謝の気持ちが込み上げた。
山頂では人々がひと時の休憩をとりながら見晴らしを楽しんでいた。
私は翔を探した。
翔は祖父母と離れた場所で杉の木の下を掘っていた。私は見てはいけないものを見てしまったとどきどきしながらも、翔から目を離すことができなかった。
彼は小さく掘った穴の中に何かを入れ、土を掛けたのだ。
ここはご神山なのに、そんなことをしてはいけないのに。
翔がそこを離れた隙に急いで穴を掘り起こした。土にまみれた真新しい腕時計がでてきた。
腕時計は両親からのプレゼントなのだろうか。私は咄嗟にそれをポケットに入れた。
「翔くんあかんよ、神様の山に埋めちゃ」
翔は私が腕時計を持っていることに驚き、怒りだした。
「余計なことすんなよ!」
翔は奈良の祖父母の家に預けられていた。毎年夏休みが始まると奈良に来て、終わる頃には東京へ帰って行く。
だがその年は夏休みが終わっても東京へ戻らない翔を不思議に思った。転校手続きが済んでいるのか、新学期が始まると同じ小学校に通うようになっていた。
時計は翔のものではなく、母親の再婚相手のものだと知る。
翔の両親が離婚し母親に再婚相手が現れた。翔は相手の男に激しく反発したため、母親は奈良の祖父母に彼を預け転校手続きをしたという。
翔にとっては大好きな奈良だ。だが母親の再婚相手と合わないという理由で祖父母に預けられるのでは傷つき方が大きく違った。
「みんな死んじゃえばいい」
翔の口から出た過激な言葉に子どもだった私は狼狽えた。思考の範疇を超える状況に「何とかしなければ」と必死になった。
「そんなことゆうたらあかん!」
「僕は捨てられたんだ」
悔しそうに言った横顔を、今でも覚えている。
「それは違う!」
神様が違うって言っていると叫んだ。
「美羽に神様の声が聞こえるのかよ!」
「聞こえるよ」
神さまごめんなさい。嘘をつきました。声なんて聞こえなかったのに、あのときの私は、また次にお山に登れば分かる、神様の声が聞こえるはずだと主張し続けた。