小説

『白鶴の桜』宮脇彩(『鶴の恩返し』)

 悩んでいた時、部屋の奥に、使われなくなっていた機織り機を見つけた。
 そうだ、これなら…。
 ただ二人の「手伝い」をするだけじゃなくて、自分の力で、もっと大きく役に立つのだ。
 「機を織っている間、絶対に中をのぞかないでください」
 そう言って、私は部屋の奥の間に閉じこもり、毎日機を織るようになった。自分の本来の姿となり、翼から羽を抜き取って織り込む。身を削るこの作業は、本当の「恩返し」ができているようで誇らしかった。
 織りあげた布は、高値で売れる。これで、おじいさんとおばあさんの暮らしも楽になるはずだ。二人は、喜んでくれるはずだ。そう、思っていた。
 それなのに。
 私が機織りをする度、おじいさんとおばあさんから、笑顔が消えてゆくようだった。二人とも、しきりに私を心配する。私は、顔色が悪くなり、以前よりも痩せてしまっていたのだ。
 私は、恩を返すためにここへやってきたのだ。だから私は、この行為が間違っているとは思えない。
でも。
 おじいさんとおばあさんの顔からは、どんどん笑顔が消えていく。本当に…?本当にこれが、私のやりたかった「恩返し」なのかな?
 葉が落ち、太い幹が枝を伸ばしているだけの桜の木を、こっそり一人で見に行った。降り始めた雪が、まるで風に舞う花弁のようだ。美しいが、とても寂しい。
 一人は、寂しい。
 この長い冬の終わりを告げる本物の花が咲くとき、私はここに居られるだろうか。居てもいいのだろうか。考えると、ますますわからなくなっていった。
 機織りをすればするほど、私の身体は弱っていった。それでも、やめられなかった。やめたくなかった。限界が近い。私の翼にはもう、大空を自由に羽ばたいていた頃の美しさは無かった。
「もう、飛べないかもしれないわね…。」
ぽつりと、痛む翼を撫でながらつぶやいた。
 本当は…。
 本当は、機織りが、ただの「自己満足」になってしまっていたことくらい、わかっていた。もう、「恩返し」なんてどうでもよ かった。私はただ、おじいさんとおばあさんのそばに居たい。それだけ。それだけなの。二人と一緒に居たいだけなの。
 もう二度と、飛べなくたってかまわない。
 私、どうすればいいのかな。二人に、笑っていてほしいよ。幸せでいてほしいよ。
 でも、そこに私は居てもいいの?
 機織りをしない私に…、「役立たず」の私に、二人と共に生きる資格が、あるのだろうか。私に「価値」が、あるのだろうか。

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