小説

『まんじゅうこわい』香久山ゆみ(『まんじゅうこわい』)

「おれが曼珠堂に頼んで特別に一回り大きく作らせたもんさ。婆さんときたら、我慢の反動か、すぐぱくついてそのままぽっくり」
「……そんな話は聞かなかったが」
「おれと嫁しか知らぬ」
 ヤスの話を聞いて、確かに怖いと思った。よくも死因の饅頭を供えるもんだ。神経を疑う。仏壇に饅頭を供えてにたりとほくそ笑む後姿を想像して、今度はこちらがぶるっと震える。
「……おれはお前が怖いよ」
 しかし、因果応報というやつだ。ヤスもここ数日で随分やつれたようだ。深夜の饅頭が余程堪えているのだろう。また、ヤスが役員となってから呉服屋の経営が傾いてきたという噂も聞く。
「……嫁さんとは仲良くやってんのかい。女には気をつけるこった」
 おれの忠告もヤスの耳には届いていないようだ。
 先日うちの保険会社にお前の嫁が来たぜと言おうと思って、やめた。人間一度たがが外れると、もう元には戻らない。ブラックホールは周囲を巻き込んでどこまでも落ち込んでいくのだ。
 こわいこわい。人間は、おおこわい。
 ヤスがどのような末路を辿るのかは知らない。しかしこうして未亡人の弱みを握っておくのも、まあ、悪くないだろう。まったく楽しみな饅頭である。

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