小説

『おひなさま』香久山ゆみ(『ひな祭り伝承』)

 ぐるぐると遠い記憶を彷徨う間に、「見せてー」と、おひなさまは姪っ子が持って行ってしまった。艶やかな雛飾りの前に、私と、お内裏さまが、二人きりになる。お内裏さまの隣の席はぽっかり空いている。彼は待っている。私を――。
「ちょっと! あんたたち、何してんのよ!」
 突如轟いたおねえの声で、はっと我に返る。姪っ子たちの大きな泣き声が響き渡る。「これ見てよ」と怒り顔のおねえが入ってくる。目の前に差し出されたおひなさま。
 思わず笑いを漏らした私に、おねえはさらに頬を膨らます。
 あのやんちゃな姪っ子たちがやってくれたようだ。おひなさまの底にはクレヨンで新たに花やらゾウやらの絵が描かれ、私の名前はきれいさっぱり書き消されていた。
 ――その後間もなく、この私に運命の出会いがあったのは、そのせいなのかどうか。わからないけれど。ハッピーエンドなら、ま、いいか。
 そう。幸せなのだ、今はまだ。彼を家族に紹介した時に、姪っ子の放つ台詞を聞かぬうちは。
「あれー。みいちゃんのカレシ、お内裏さまに顔にてるねー」

1 2