「初めまして、私は達夫さんのお世話になった者です。驚かせてしまって、すいません」
「……お父さんを知ってるんですか?」
「はい。達夫さんにここに連れてきていただきました」
低くきれいな声で淡々と話す。妙に落ち着いているので、つられて葵のパニックも少しずつ収まっていく。
「葵さんのことも存じ上げております。達夫さんが亡くなってからは私一人でしたが、引っ越してきてくださってから時々お仕事を手伝わせていただいていました」
お前か……! と不思議なほどあっけらかんとしたつっこみが葵の頭に浮かぶ。
「そ、そう……。いやえっと、ありがとう。でも仕事の仕方はどうやって覚えたの?」
「しばらく葵さんのお姿をお見かけしているうちに覚えました。達夫さんを通して、現代のこともある程度は知識がありましたので。ご迷惑でしたらすいません」
そ、そういうものなのか? 頭がいいのか? というか現代って?
聞きたいことは次から次へとあふれ出てきたが、ひとまず仕事の状況に問題がないことを確認し、とりあえず落ち着こうとお茶の準備をする。ソファの片隅でじっと座っている女の子のために二人分淹れた。思えば自分以外にお茶を淹れるなんて、いつぶりのことだろう。ついでに買い置きしていたスイートポテトもだす。
「……単刀直入に聞くけど、あなたはだれなの?」
ほうじ茶の湯気が女の子の真っ白な頬を染めていく。
「……信じていただけるかわかりませんが、こけしです。いつもはあの部屋にいます」
そう言って畳の部屋を指さす。まさかね、と否定していた仮説がおもいきり当たってしまった葵は、現実を受け止めるために棚を見に行く。いない。木彫りの熊や時代を年代物の壺はいつもどおりそこにあるけれど、こけしはいなかった。
「こけし……」
「はい。昭和の初めに岩手で作っていただいて、平成に入ってからこの部屋に連れてきていただきました。こういう姿になれるようになったのは、達夫さんがおひとりで暮らすようになってからです。達夫さんに私の姿は見えないみたいでしたけれど」
岩手のお土産だったことも、この部屋に越してきた時期も一致している。ということは、事実なんだろうか。こけしの擬人化なんだろうか。でも、もし妄想癖のある小さい子がこの部屋にひとり入り込んでいるのだったら、ただの事件である。
「疑い深くてごめんね。えっと……じゃあ今、ここでこけしになれる?」
女の子は少し迷うようなそぶりをして、湯呑を置いてから一瞬で姿を消した。さっきまで座っていた場所にこけしが落ちている。
「ああ……」