彼が最後に目にしたのは、こちらへと向かってくる水龍の姿であった。
「……ねえ、大丈夫?」
幼い少女の声が、ルグレの鼓膜を揺らす。息はしているものの、彼は指一つ動かさない。声の主はその様子を見て、今度は彼の身体を揺らしながら声をかけた。
「ねえ、聞こえないの?」
あまりにも激しく揺さぶられたものだから、たまらず彼も意識を取り戻したようだ。苦しそうにうめきながらも、ゆっくりと瞼を開く。彼の眼前には、金色の髪に青い瞳をもつ少女の不安そうな顔があった。驚いたルグレは勢いよく起きあがった。辺りを見渡すと、どこかの砂浜のようだ。空と海はすっかり漆黒に染まり、丸い月の光があちこちを照らしていた。風も波も先ほどより落ち着いている。
「……よかった、目が覚めたんだね」
ルグレが起き上がると、少女は安心したかのように胸を撫でおろした。
「ここは……?」
「あなたが住んでいる島のはしっこだよ」
「君は誰だ? 僕を助けてくれたのか」
「私はディーネ、この辺りで暮らしているの。急に君が流れ着いてきたから驚いたよ」
「ありがとう、ディーネ。僕はルグレだ」
「ルグレ……。そう。ルグレね。よろしくね」
ディーネは彼の名前を覚えるように繰り返すと、柔らかく微笑んだ。少女は左目を髪の毛で隠しているものの、美しい顔立ちの少女であった。ルグレは彼女の微笑みに目を奪われてしまい、しばし呆けた顔で彼女を見つめてしまった。ディーネは不思議そうに首を傾げ、ルグレに問いかける。
「ところで、君はずっと何をしていたの?」
「そうだ、僕、海に偵察に出ていたんだ」
「……偵察?」
「そう、水龍の……」
ルグレがそう言いかけたとき、彼の腹の虫が大きな鳴き声をあげた。昼から何も食べていなかったのでずっと腹が減っていたのだ。ルグレは気恥ずかしさに頬を赤く染めて黙り込んでしまった。ディーネはくすりと笑うと、彼の手をひいて歩き始めた。
「とりあえず、今日はもう遅いし、疲れてるから自分の村まで戻るの大変でしょう。一泊くらいならできるし、私のお家へおいで。おいしいご飯もあるよ」
ルグレには特に断る理由もないので、彼女の提案を素直に受け入れた。
ディーネの家は小さなかわいらしい家だった。どうやら彼女一人で暮らしているらしい。一人で暮らしているだけあって、彼女の作る料理はどれも美味で、ルグレは腹いっぱいになるまでディーネの手料理を堪能した。料理を堪能したあと、二人はそのまま寝る準備を始め、すぐに床についた。ルグレは疲れていたものの、水龍に遭遇して何も出来なかったことを思うと、とても眠りにつく気にはなれなかった。
「……ディーネ、まだ起きてるかい」
「うん、起きてるよ。眠れないの?」