小説

『無敵の蠅取りばあさん』サクラギコウ(『貧乏神と福の神』)

 私は蠅叩きを見てみたかったので一緒について行った。
 久江お婆さんの家は何度見ても凄い。大人が騒ぐのも無理はないと思った。門柱に「ここで小便をするな!」とマジックで書かれた段ボール紙が貼ってあった。癖があり迫力ある字だ。
 お兄さんは「ここに印鑑を貰って下さい」と父に書留郵便を渡した。
「なに職場放棄してるの?」
 父は不満そうに言うが満更でもないようだ。お兄さんもそれをよく分かっているのだ。
「ついでに、ゴミの件も頼んじゃってくださいよ」
 強気の発言をする。私は門の前で待つことにした。
 2人は門の中に入っていった。途中置いてあるゴミ袋を避けながら玄関先まで行き「ごめん下さい」と叫んだ。
父は「ごめん下さい!」を5回言った。返事がない。それから2人はゴミ袋を避けながら庭に廻った。そして又5回「ごめん下さい!」と叫んだ。どうやらこれは決まり事のようだ。
久江お婆さんはときどき外出する。郵便局かスーパーかどちらかだ。
「今日は年金の支給日ではないし、スーパーかな?」
 2人は留守だと判断したようで門の外まで戻ってきた。
 書留郵便は大阪に住む息子からだった。
「でも、変なんですよね。これ、投函は隣町からです」
「息子もたまには訪ねて来てるのかも知れないな。来たけど会えなくて、途中で投函したんじゃないか?」
 父はあくまで善意の解釈をする。
 私は書留郵便に書かれている文字の迫力に見覚えがあった。
「ねえこれ見て」
 門柱に貼ってある「ここで小便をするな!」の文字と郵便の文字は同じ人の字に見えた。
 お兄さんは特に驚いたようすもない。
「久江婆さんが自分で自分あてに出した手紙ってことですかね?」
「何でこんなことするんだ?」
 父は理解できないようだが私には確信があった。
 子どものころ読んだ「ゆうびんうさぎとおおかみがぶり」という絵本があった。乱暴者のがぶりは嫌われ者だった。だからがぶりは自分で書いた手紙を自分あてに出すのだ。
「お婆さんも寂しかったんじゃない?」
 私の言葉に2人は同時に否定した。
「いやいやいや、あの婆さんならそれはない!」

「そこで何してる!」
 門前で話し込んでいる私たちの後ろから怒鳴り声がした。お兄さんがピクリと飛び上がった。
 久江お婆さんが立っていた。手には買い物袋を提げている。
「ああの、か書留です」

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