小説

『ブレーメンで告白しましょ』洗い熊Q(『ブレーメンの音楽隊』)

 それもこれもナレーションの拓郎が台本にないアドリブを入れてくる結果だ。観客の受けが良いと必要以上に調子に乗って入れてくる。
 いつも緊張しっぱなし。だが今日はいつも以上。
 何故ならもう一人の効果音担当が病欠。影絵、照明担当に余剰はいないし、アドリブ多発でそっちも余裕がない。直前になって一人でやる覚悟を決めなければならなかった。
 何もかも拓郎の拘りのせいだ、と半ば怒り任せの覚悟でもあるが。

「ロバは寝ている猟犬に聞くのです。犬くん、どうして道端であえでいるのかい? と」

 おっと油断大敵。今度は犬だ。明美はラッパホーンを巧みに鳴らす。
 ガル、ガルガルルル~。

 奇妙な犬の喘ぎ声に思わず観客の子供達がどっと笑う。
 その反応を聞いて明美は構えた。絶対これで拓郎は調子に乗ってくると。

「いやロバさん、地面に背中を擦りつけると気持ちよくてね、つい声が出ちゃうの~」

 ほら、やっぱり。また出せと催促だ。
 ガル、ガルガルルル~。

 またその音に子供達はどっと湧いてくれた。
 この歓声。聞いてたよりもずっと観客が多い感じだ。やだな、下手に失敗したくない。それも笑いに変わって上手く収まるだろうけど。
 終演後、それをネタに拓郎に突っ込まれるのは楽しくない。
 いつにない緊張感の有る場に妙なプレッシャー。それだけに準備は万全に。
 明美の側には所狭しと使う楽器や道具が。動き辛い。使わないと思った道具は片付けておこう。
 しかしこのラッパホーン。本当に犬声そっくり。上手く鳴らせば吠え声にも似せられる。使い勝手もいい。
 ……いやいや、違う違う。犬なら人の声真似でいいじゃん。なんでわざわざ楽器を使わないかんのよ。
 明美はぶつぶつと文句を言いながら、先の展開で使いそうな道具を手元に準備だ。

「ロバは猫に聞くのです。これこれ、ひげそりくん、浮かない顔をしているね、どうしたんだい? すると猫は言うのです。寄る年並で歯がすり減って平たくなってるのよ。ネズミを噛むより、糸を紡ぐ方が良い歯なんだけどね。見てみてよ、この歯。鳴きながら猫は口を開けるのです」

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