小説

『生と彼』和織(『死後』『彼』)

 妻は立ち上がると、私の肩にそっと触れて「ありがとう」と言った。その瞬間、私は自分が妻によってこの世に繋ぎ留められていることを悟った。そして、なぜ死後の世界で、自分が彼のことを忘れていたのかがわかった。
「僕と心中されるなんて、御免だからだよ」
 彼はそう言った。その言葉の通りなのだ。だから彼は、あえて私に自分を忘れさせていた。だって彼がそこにいるなら、今生きているのと同じくらい、心中も悪くないと思ってしまっただろうから。

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