小説

『運べ、死体』永佑輔(『走れ、メロス』太宰治 、『粗忽長屋』落語、『耳なし芳一の話』小泉八雲)

「生モノ何も、死体でしょ。死体は配送できないの」

 ウンセウンセと熊沢を背負って、次にやって来たところはタクシー会社の営業所。
「キンキンに冷房を効かせたタクシーで、コイツを運んで欲しいんだ」
「ご遺体は乗せられません」
 所長は続ける。曰く、遺体を運ぶには死亡診断書やら何やらかんやらが必要らしく、何やらかんやらがなければ殺人者に疑われても仕方がないし、何なら今すぐ警察に通報する、とのこと。
 熊沢はああだこうだ言い返してみたものの、相手は警察でもなければ検察でもないし、ましてや裁判官でもない、単なるタクシー会社の所長。反論は時間を浪費しただけだった。

 東京南部の私鉄は休日だというのに、いや休日だからだろう、今日もせわしない。
 改札前でICカードを出したそのとき、普段はチンタラ仕事をしているはずの車掌がすっ飛んで来て、熊沢を制止する。
 どうやらサーファーに恨みでもあるようで、だからこそチンタラをかなぐり捨ててキビキビしているらしい。
「お客様。午前中、サーフボードの持ち込みは禁止されております。あ、死体でしたか。でしたらなおさらご乗車にはなれません。霊柩車を呼んでください」
「霊柩車で結婚式場に駆けつける奴がどこにいる」
 熊沢はいよいよ目的地まで歩かなければならなくなった。それもキングオブお荷物、熊沢を背負って。

 芹那は頓狂な声を上げてぶったまげるフリをした。正午に結婚式を控えているにもかかわらず、フィアンセの熊沢がスマホの向こうで、こうほざいたからだ。
「俺、死んじゃったわ」
 芹那はメイクを終えて、ウエディングドレスを着たばかり。あとは式と披露宴を済ませて実家に一泊、するはずだった。
 なのに、熊沢が遅刻する。だけではなく、死んだなどというチンパンジーでも分かる言い訳をしている。
 ウソだと分かり切ってはいるが、熊沢の頭はちょっと賢いカラス程度だし、それを指摘すると怒るので、芹那は調子を合わせてぶったまげたフリをした。
「時間に間に合わなかったら俺との結婚、考え直してくれて構わない。じゃあ、いつものあれを言って。いいから言って。ほら、言って」
 熊沢の懇願が聞こえる
「家族と一緒だから勘弁して……しょうがないな。私には熊ちゃんしかいないから、熊ちゃんじゃなきゃダメ」
 京劇の変面かと思うほどの早さで仏頂面になった芹那は、スマホを放り投げて見回した。両親も弟妹も呆れ顔で見ている、と思ったが違った。

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