小説

『二人は朝食を食べながら、夢の話をする』ノリ・ケンゾウ(『魚服記』太宰治)

「うーん、なんだかね、まあ変な夢だったのよ」
「そう」
 そう、変な夢。変な夢だから、別に何が起きていてもいいし、スワがスワじゃなくてもいいのだが、スワが気がかりなのが、兄弟がそのまま陸に上がってこないことだった。何度か同じ夢を見るが、兄弟はまるでスワのことなど見向きもせず、川の中で泳ぎ続ける。
「それでね、私はだんだん不安になるのよ。兄も弟も、もう戻ってこないんじゃないかって」
 そう思い始めると、兄と弟の姿が水の中に消える。あれ、と思ってもう一度二人の名前を呼ぶが、もう二人は上がってこない。怖くなり、たまらずスワは川を覗きに行く。
「そしたら大きな魚が二匹、川の中を泳いでるだけだったのよ」
「大きな魚が、二匹」
「そう。だからね、さっきの話じゃないけど、あれはフナなんじゃないかなって」
「フナ?」
 スワはさっきのオサムの夢の話のせいで、あの兄弟がフナだったんじゃないかと思っているのだが、オサムは自分が話したくせにもう忘れている。じゃあその、兄弟がフナってことは、やっぱり私もフナだったのだ。という風に、スワは確信を持ち始めている。
「なのになんで私、泳ぎができないんだろう」
「泳ぎ? ああ、フナが」
 ようやくオサムは自分の話した夢の話から連想された話をしているのだと気づく。スワはオサムが今気づいたということには気づいていない。
「でさ、そこで目が覚めるんだよね。兄弟たちがフナになって」
「ふーん、フナなんだ。やっぱり」
「たぶんね。フナなんだと思う」
 オサムはコーヒーをベーコンエッグとトーストを食べた後、スワが淹れてくれたコーヒーを飲んだ。それから着替えをして、眼鏡をかける。視界がクリアになる。スワの顔を見る。フナとは似ても似つかない、綺麗な顔立ちであった。ぼうっと眺めていると、スワがオサムの方を向き、目が合った。ん? という表情をスワがする。オサムはなんでもないよと答えた。
「オサムってね、誰かに似てる気がしててさ」
「似てる?」
「そう、で、今分かったのよ」
「え、だれなの?」
「オサムって、借金ある?」
「どうして」
「似てるの、お父さんに。顔立ちとかじゃなくて、表情が」
 スワに不意を突かれ、オサムは黙る。オサムは身支度を整え、外套を羽織り、スワの家を出ようと玄関口に向かって歩いているところだった。背中越しにスワの声を聞く。

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