小説

『二人は朝食を食べながら、夢の話をする』ノリ・ケンゾウ(『魚服記』太宰治)

「もうね、終わりにしましょうよ」
「ん、何を?」オサムは振り返った。
「私たちの関係。もうこりごりなのよ、借金は」
 オサムが下を向き、また沈黙すると、スワがもう一度声をかける。
「こりごりなのよ」
 その声に、一瞬顔を上げると、スワが泣き出しそうな顔でオサムを見ていた。オサムが顔を上げたことに気づき、スワは泣き出しそうな顔をやめ、笑顔になった。
「それは、ねえ、ようは僕が川に溺れていたら、君は僕を助けないっていうこと?」
 オサムが懇願したような目で、スワに言うと、スワは眉を上げ、うんうんと軽く頷いた。
「それは、まあ、分かってたんだけどね。僕もね」
 オサムは弱々しい声で言い、玄関のドアを開けて外に出る。振り返って中を見ると、スワが笑顔で手を振っていた。
「じゃあね」スワが言う。
「まあまあ、いや、分かってたんだけどさ……」
 オサムはまだ未練があるみたいにぼそぼそ言いながら、手を振り返した。ドアが閉まると、オサムは何秒間か立ち尽くし、ふう、と一つため息をついてからとぼとぼと歩き出した。
「そりゃあまあ、分かってたんだけど……」
 オサムはマンションの四階から、エレベーターは使わずに歩いて階段を降りる。外から吹き寄せる風が冷たい。

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